こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2010年07月10日

ちょっとわかってきた

あえて言うならば、6月30日までの私の人生を「自己変革の時代」と呼び、
7月1日からの私の人生を「使命推進の時代」と呼ぶことができます。
この日を境に私の人生は、根底が大きく変わりました。
と同時に、真本音との付き合い方(・・・変な表現です。真本音とは自分自身なんですけどね。)も、かなり変わったようです。
これまでは自己変革のために、真本音は発動してくれていました。
しかし今はもう、全く違う「出方」をします。
その「出方」に対して、最初は慣れなくて、いろいろと揺れたりしていたのですが、
ちょっと今日は、コツがわかってきました。

現実は、思う通りにならない。
しかし、希望は叶う。

先日も書きましたこの2行の言葉は、今の私の指針です。
1行目は反応本音レベルのことを表現していますが、真本音はあえて1行目を大切にしています。
というよりも、真本音はわざと、思い通りにいかない道のりをたどるようです。
しかし実はそれが最善の道。
結果として、最短の道のようです。
あやとりがどんどんからまって行くような不安とストレスがありますが、
実はすべてがほぐれて行っている。
そんな決断を、真本音はいつもいつもしているようです。
そしてそれこそが、使命推進への道のようです。

私の思惑の、なんと浅はかなことか。
そして、人の真の思惑の、なんと感動的なことか。



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2010年07月09日

モヤモヤの後に・・・

昨日のセミナーで、ある一人のご参加者から「どうしても、真本音があるとは思えない」というご質問をいただきました。
これまでも時々そういったご質問を受けることはあります。
その方ともいつものようなやりとりをしながら、最終的にはご納得いただいたのですが、実は私の中には、いつもと違うモヤモヤが残っていました。
つまり、「もっと別の視点から、もっとわかりやすくご説明できるのではないのか?」という疑問符です。
昨日は、今の私にできる最善だと思われるお答えができたのですが、どうしてもそのモヤモヤが晴れませんでした。

セミナー後にリスペクトの岡田さんからお電話をいただきました。
恐らく岡田さんも私と同じようなことを感じ取られていたのでしょうね。
たまたま最近のあるお客様との真本音についてのやりとりで生まれた発想を、私に教えてくださいました。
それは、何も決して「新しいもの」でも「奇抜なもの」でもありませんでしたが、その岡田さんの発想は、とても私の心に響きました。
私がモヤモヤと探し求めていたものが、そこにあるような気がしました。

そして一夜明け、今朝目覚めた瞬間でした。
まるで、私の心の中から噴き出してくるかのように、「真本音の新しい説明の仕方」が、まるで原稿を読むような形で流れ出したのです。
「!」
それは、一種の衝撃でした。
ほんのちょっとしたことです。
さきほども書いたように、何も奇抜なことはありません。
でも、根本的に何かが変わりました。
真本音の捉え方が変わったわけではありません。
説明の仕方の根本が変わったのです。
そしてそれは、私の心をとてもスッキリとさせてくれるものでした。
と同時に知ったのです。
そうか。これまでの説明の仕方に、私はまだ満足をしていなかったのだと。

初めての方に、どのような順番でどのようにご説明すれば、真本音・反応本音という概念をわかりやすく受け止めていただけるのか?
私は企業研修を通じて、ずっとそれを探求し続けました。
その基本形がほぼ完成されたのは、確か3年ほど前です。
恐らくこれ以上の説明の仕方はないな、と思い続けながらもやってきたのですが、その満足とは「99%の満足」であることが、今朝初めてわかりました。
しかし最後の1%は、表面上を変えるだけでは埋まらないものでした。
根元を変えなければ。
その根元をどのように変えればよいのか?が今朝、明瞭にわかったのです。

何度も書きますが、それは全く奇抜なものではありません。
これまでも私がずっと言い続けて来たことです。
実際に真本音を見つけられた方とか、「ねがいのもと」を出された方からしてみれば、「えっ、どこが変わったの? 何が変わったの?」と思えるくらいの些細なことです。
しかし、初めてこの概念をお聴きいただく方にとっては、恐らくその受け取り具合は、何倍も楽になるでしょう。
これでまた、私共の研修は大きく進化しそうです。

“モヤモヤの後に気づきあり。”
いつも思うことですが、本当にそうですね。
これからも私はこうして、モヤモヤと何度も向き合っていくのでしょうね。

岡田さんに感謝です。

そして今日もセミナー。
昨日には昨日の最善あり。
そして今日は、今日の最善あり。
そんな場となりました。

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2010年07月07日

思い通り

今日は七夕であるのと同時に、私の一人でやっている会社の創業記念日です。
そんな今日は、学びの多い一日となりました。

実は、反応本音レベルではガッカリするできごとが、今日は連発しました。
反応本音はとても落ち込んでいるのですが、そうなればなるほど、私の真本音は輝きを増していることがわかりました。
その輝きに焦点を当てていると、今日のできごとから自分が何を呼びかけられているのかが、どんどんわかってきます。

“人生の真の希望は叶う。
でも、人生は思い通りにはいかない。“

そう、思い通りに行かせようとしていた私がいました。反応本音レベルでね。
きっと昨日まで、物事が面白いように進んでいましたから、ちょっといい気になっていたのでしょうね。
そして今日のセミナー後に、リスペクトの岡田さんからお電話が。
「真本音って、こういうものじゃないかなぁ。こういう風に説明してもいいんじゃないかなぁ。」
そのアドバイスが、凄く身に沁みました。

真本音が活性化すればするほど、人とのつながりは深くなります。
そして真本音が活性化すればするほど、すべての物事のつながりも深くなります。
そしてそのつながりは、最善の道を創ってくれます。

今日は、そんなことをヒシヒシを感じました。
結局、真本音の思い通りだ。

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泣きっぱなし

今日も昨日に引き続き、私の使命に向かった活動をしました。
そしてやはり昨日に引き続き、とてもうれしいことがありました。
また、さめざめと泣き通しです。
昨日から泣きっぱなし。
いい年してねぇ。

まぁでも、それもまたよし。
泣けるときに、いっぱい泣いとこ。

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2010年07月05日

うれしいよ〜

私自身の使命に向かった具体的な動きを、7月1日以来ずっと取り続けています。
それが何かについては、まだ今は公表できませんが。
ただ、変なことや奇抜なことをやっているわけではありませんよ。笑
あくまでも、これまでのSCCの活動の延長線上にある動きです。

さて、そんな動きの中で、今日はとてもうれしいことが二つありました。
一つは、ある方からのメール。
もう一つは、別のある方とお会いして。
まだ具体的に書けないのが残念ですが、とにかくそのうれしさは尋常ではありませんでした。
使命に向かうとても大きな一歩となる喜び、真本音の喜びでした。
ですから今日は、ずっと泣き通しでした。
さめざめと思い出したかのように、時々涙が出続けました。
そんなに喜んでいる自分が、自分でも驚きでした。
うれしいよ〜、うれしいよ〜、・・・という心の声が、ずっと私の心の中心に在り続けました。
うれしさの気持ちから、これほど長く泣き続けたのは、初めてじゃないかなぁ。

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2010年07月04日

あせらずに

もうほとんど真本音で生きているのにも関わらず、
反応本音の塊は、もうそんなにちっちゃいのにも関わらず、
そして、その塊を手放せば、とっても楽になることはよく知っているはずなのに、
手放すことに恐怖を感じるのですね、
人というのは。
まっ、あせらずにゆっくりと行きましょうよ。
自分が決めることですから。
自分の望む瞬間に、手放しましょう。
だって、手放すこと自体は、もう完全に決めているのですから。

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2010年07月03日

私の前に一本の道が見えています。
その一本道のど真ん中に、私は立っています。
とても広い道で、とても気持ちのよい道です。
これからこの道のど真ん中を歩けるのかと思うと、わくわくします。
でも、本当にこんな私でよいのだろうか、という自信のなさもあります。
不安です。
でもその不安を打ち消すかのように、目の前にある道は太くて逞しいです。
一歩を踏み出す度に、心はさらに気持ちよく、
そして軽やかになっていきます。
私に、幸せになる価値があるのか?
そんな疑念もいまだにあります。
でも一歩踏み出す度に、なんだか祝福を受けているような気さえします。
この道がどこまで続き、どのように終わるのか?
いや、終わらないのか?
さっぱり見当がつきません。
でも私の真本音は、まさしく決めています。
私はこの道を歩んで行くのだということをです。
弱く情けない自分をいつも見つめながらも、
自然体の自分が足を前に運びます。
心地のよい風。
そしてあたたかい日差し。
私は、確かに今、ここにいます。
そして、こうして歩みを続けています。
ど真ん中です。
本当にど真ん中です。
愚かなくらいにど真ん中です。
そうか、私はど真ん中の人間だったのだな。


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二つの感動

「感動」には2種類あるんだな、ということに気づきました。

一つ目をあえて名付ければ、「共感的感動」でしょうか。
これは例えば、映画やドラマを観て感動したとか、何かをやり遂げて感動したとか、つまり私達が通常捉えている感動です。
音楽で言えば、歌詞を聴いて涙が出たとか、メロディーを聴いて心が震えたとか、そういった感じですね。

もう一つの感動は、そうですね・・・、「畏敬的感動」と言えばよいでしょうか。
例えば、私は昔、登山をよくしていましたが、初めて日本アルプスの3000m級の山に登り、眼前の山々を見たときに、何とも言いようのない心の震えを感じました。涙を流したりもしたのですが、その涙がどこから来るものなのかがよくわからないのです。
「共感的感動」は、その感動の理由がわかります。「〜〜だから感動した」とか「〜〜の部分に感動」したとか。
でも「畏敬的感動」は、理由はよくわかりません。なぜか心の芯(というか、深)が理由もなく震えます。これを「畏敬の念」というのではないか、ということで「畏敬的感動」です。
音楽で言えば、私の最近よく聴くジャズやクラシックとは、どちらかと言うとこの「畏敬的感動」に近いのではないかと思います。特にマイルスとブルックナーは、それが飛び抜けています。

あえて言えば、「共感的感動」とは「反応本音の感動」であり、「畏敬的感動」とは「真本音の感動」である、・・・というのは、ちょっと短絡的かな?
どちらの感動もすばらしいですし、人間にとってはなくてはならないもののような気がします。
で、今気づいたのですが、私がいつも研修やコーチングで多くの方々と向き合う中で感じている感動とは、「畏敬的感動」ですね。間違いなく。
人間の尊厳に触れているのですね、きっと。
ですから私の真本音は活性化するのですね。
いやぁ、ありがたいお仕事です。

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2010年07月02日

向き合う

今日は、研修ではなかったのですが、とても大勢の人と向き合った気がします。
とても大切な人達。
とても大切な時間。
向き合うその人と、私の間に、答えが浮かび上がって来ます。
最善の答えは、ここに生まれます。

その人の真本音を知りたかったら、
向き合うことです。
それ以上の方法は、ありません。

自分の真本音を知りたかったら、
やはり、人と向き合うことです。
それ以上の方法は、ありません。

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2010年06月30日

人生の交響曲

数日前のブログに、「久しぶりに揺れ揺れになりました」と軽く書きましたが、実はあれ、もの凄く大変でした。
ホント、久しぶりの大変さで、いっときはわたくし、世の中のすべてを信じられなくなるくらい、そして世の中のすべてを拒絶するくらいの精神状態に陥りました。
そのダメージから今ようやく全回復できた感じです。
いやぁ、大変でした。

で、こう言った苦しみに耐えますと、その後には必ず大きな気づきや成長があります。
私はこれまでずっとこういったことを繰り返してきました。
特に、SCCを立ち上げてからのこの8年くらいは、その頻度がハンパではなく、「いったい私はどんな星の下に生まれてきたんだ!」と自分自身をなじりたくなるくらいでした。
でも、どうやらこの手の苦しみは、今回が最後のようです。

ところで、・・・
反応本音というのは、実は真本音から生まれ出たものである。
・・・ということの意味に、前回の「ねがいのもと講座ソーシャル」の授業の最中に気づきました。
ただ、すべての反応本音が真本音から生まれているわけではなく、真本音とは全く分離している反応本音もあります。
それをアメリカでは「エンティティ」と呼んでいるようです。
「エンティティ」という概念はとても難しく、私は理解できたようでできていなかったのですが、「真本音とは完全分離している反応本音の塊」と捉えると、かなりスッキリしました。

で、なんでこの話をしたかと言いますと、そのエンティティを生み出す「もと」のようなものが人の心の中にはありまして、特に私という人間は、それが凄まじく多い人間だったようです。
一般にそれを「闇が深い」と言いますけどね。笑
その、エンティティの「もと」が、今回の「揺れ揺れ」をもって、私の中から完全に浄化されたようなのです。
つまり、苦しみながら成長する、という一連の道のりは、ここでいったんのゴールとなったということです。
そのゴールを迎えることができ、私の目の前の現実は、これまた凄まじく変化しました。
同じ景色、同じ現象が、全く違った趣と響きをもって、私に迫って来ます。

ようやく私自身の「心の準備」が整ったということです。
ようやく私は、これから「人生の仕事」に向かっていけます。
私が本来、果たすべきことに向かっていけるのです。

最近の私の最も好きな音楽家であるブルックナー。
彼が交響曲第1番を完成させたのは42歳だったと言われています。
かなり遅咲きですね。
私も今、42歳。
かなり遅咲きですが、ようやく人生の本番です。
もうすぐ本番、もうすぐ本番、と何度も繰り返してきましたが、本当に本番が始まるようです。
私の本来の「人生の交響曲」が、明日、7月1日からスタートするのです。

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『信』

中学校3年の担任の先生から、卒業式の日に「君の人生のテーマは『信』ということだ」と伝えられて以来、私の人生の重要テーマになった『信』。
「信じる」とはどういうことか? をずっと探究し続けてきました。
今だからこそ、一つ言えること。
中途半端な『信』とは、本来の『信』ではないということです。
かと言って、「狂信」とも本質的に異なります。
本来の『信』とは、「すべてを信じる」ということです。
「すべて」です。
99%信じている状態は、100%ではないので、それはもう『信』ではありません。
果たして、「すべてを信じる」などということが、私達人間にできるのだろうか?
・・・と思い続けてきましたが、それは可能であることがわかりました。
そして「すべてを信じる」という意味が、私達が表層的にその言葉を捉えた場合の意味とは、やはり根本的に異なることもわかりました。
今後これを私は何とかして、言葉としてわかりやすく表明できるようにならなければ、と思います。
哲学っぽく語るのではなく、小さな子でもわかるように、伝えられるように。
そうです。
「すべてを信じる」とは、それほどにシンプルでわかりやすいことなのです。

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2010年06月28日

第2の目標達成

昨日のブログで書きました、久しぶりの「揺れ揺れ」には、やはり大きな意味がありました。
そのおかげで、私は私の人生の第2の目標を、本日達成することができました。

第1の目標は、今年の3月5日に達成しました。(このブログでも書きました。)
実は第2の目標の達成予定は、7月22日でした。
そのための準備と流れを創ってきたつもりでしたが、予定よりも約1ヶ月も早く達成することができました。
それだけ、世の中の流れが速くなっているということと、私も急がねばならない、ということなのでしょう。

この第1第2の目標が具体的には何のこと言っているかについては、時期が来ましたら表明できるかもしれません。
でも一つ言えますのは、「これで本当に私自身のすべての準備が整った」ということです。
そしてようやく、私自身の本当の仕事を果たすための動きに入れる、ということです。

恐らく、明日から出会う日々のできごとは、これまでとは違った意味を持ち始めるでしょう。
その一つ一つを私は宝物のように大切にしたいですし、ありのままに向き合いたいですし、
あるがままの自分として受け止め、進みたいと思います。

posted by はーん at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

揺れ揺れ

今日から「ねがいのもと講座ソーシャル・ステージ」が開講です。
とてもとても濃〜いメンバーによる、濃〜い講座のスタートです。笑
皆さんの真本音発揮度は、すでに尋常ではないくらいの高さにありますので、もともと濃いカリキュラムですが、それをさらに超える展開となりそうです。
今日はガイダンス的な内容でしたが、次回からいよいよ本番。
のっけからサビに突入する予感です。

それにしても今日は一日中、想定外のことが連発しました。
いや、想定外のことはいつものことですが、今日の私は本当に久しぶりに反応本音で揺れ揺れになりました。
一つの反応本音の中に入り込んでしまい苦しむ、という場面が幾度となくありました。
本当に久しぶりの感覚で、ある意味懐かしかったです。
でも、もちろんその最中は懐かしいもなにもあったものではありません。
いやぁ、やっぱり反応本音に生きる、って大変なことですね。

最後には、心の中の本来の我が家である真本音に戻れましたが、
真本音で生きるというのは、ホント楽です。
楽で幸せで、エネルギーに満ちています。
それを改めて再確認。
そして改めて、多くの皆さんが真本音で生きるサポートをがんばろう!と心に気合いを入れました。

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2010年06月27日

スポーツでも

真本音発揮レベルを数値化する、という方法を手に入れてから、様々な研究をしてきました。
真本音か活性化することにより、どのような影響が生まれるのか?
それはまだまだ計り知れないものがありますが、一つ面白い発見がありました。

それはスポーツ。
例えばサッカー。
今はワールドカップ真っ最中ですが、やはり、真本音発揮レベルの高いチームが勝ち進んでいます。
実力がある程度伯仲してきますと、あとはもう心の状態なのかもしれませんね。
ということは、日々の練習にプラスして、自分の心の状態管理(=いかに真本音が発動しやすい状態にしておくか)をすることで、かなり高度な成果を出せるのかもしれません。
それはある意味、当然と言えば当然です。
真本音が活性化するということは、心の中がクリアになるということです。
すると直観モードが働きますから、特にサッカーのように直観力の必要なスポーツには影響は大きいでしょうね。
う〜む。
スポーツ選手にセルフコーチング法をお伝えするというのも、よいかも。

そんな目でワールドカップを見ていますと、また違った意味で面白いです。

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2010年06月25日

ビルの魂

もう何年もお世話になっているある企業(A社様)の、本社ビルが取り壊されます。
本社は、すでに真新しいビルに移ったのですが、この旧ビルでは私共も何回も研修で使わせていただき、お世話になりました。
今日は、その旧本社での最後の打合せ。
受付のあった1Fの広いスペースは、すでにもう“がらんどう”になっていました。
研修担当のBさんは、入社以来ずっとこのビルにいらっしゃいました。
思い出話をしながらも、やっぱりそのお顔は寂しそう。
建物にも魂は宿ります。
A社の社員さん達の様々な想いや思い出を宿したこのビルに、私も「さよなら」を告げました。

さぁ、新しい本社にて、新たな組織活性化のサポートが始まります。
新たな歴史を、これから刻んで行くのです。


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メチャクチャ

今日は、名古屋の私のクライアントのAさんが東京出張に来られたので、食事をしました。
Aさんのお知り合いのBさんもご一緒に。
Bさんは、人の育成に関わるお仕事をなさっています。
私はお会いするのは初めてです。
お会いしてすぐにわかりました。
Bさんも真本音人間です。
そして、Bさんの人に対する真摯な姿勢もヒシヒシと伝わってきまして、わたくし、感動しました。

男3人での食事でしたが、いやぁ、メチャクチャ楽しかったです。
ホント、メチャクチャです。笑
お仕事以外の話題で、こんなに楽しんでいる私自身を発見し、我ながらちょっとビックリでした。
真本音は真本音の出会いを呼び込みますねぇ、つくづく。
感謝感謝です。

posted by はーん at 03:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月23日

真本音のマッサージ師さん

今日、仕事の合間に、久しぶりにマッサージに行ってきました。
いつものマッサージ屋さんだったのですが、今日は私にとって初めての方にマッサージしていただきました。
ところが、なかなか姿を現しませんでしたので、私はマッサージ用のベッドの上でうつ伏せになって待っていました。
で、マッサージ師さん(Aさん)が入って来られたのですが、私はうつ伏せでしたのでAさんのお顔を見ることができませんでした。
ですからこそ、はっきりとわかったのですが、Aさんがお部屋の中に入った瞬間にお部屋の空気が変わりました。
とても居心地がよくなったのです。
しかも私は、通常はマッサージ師さんとはほとんどお話をせずに、無言で受けるのが好きなのですが、Aさんとは何となく喋りたくなってしまうのです。
わぁ、これは真本音度合いの強い方なんだな、と思いました。
で、こっそりですが、真本音度合いを測らせていただきました。
すると予想通り、「共感の境界」を超えている方でした。
なかなか滅多にお目にかかれない方からマッサージを受けることができて、とても幸せでした。

もちろんAさんご本人は、真本音という概念すらご存知ないでしょう。
でも、天然で真本音で生きている人は、このように社会の至るところに増えてきているようです。
そして、その方らしく、多くの皆さんに幸せをプレゼントしているのでしょうね。

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2010年06月20日

可能性の扉

ねがいのもと講座コア・ステージが、今日で修了しました。
それにしても、濃密な講座でした。
受講生さん達が全員、濃密でしたからね。笑

それぞれの皆さんに、人生における目的があり、その目的はあくまでも日常生活(現実)の中で自らの力で実現していくものです。
そのための心の準備、というよりも魂の準備をすることができた。
・・・今回のこの講座は、そんな趣がありました。
私としては、とても「やり切った」感が強いです。
人が人にできるサポート(あくまでもサポートです)としては、最大限のことができたように思います。

面白いことに、全員の方が「スッキリ」して講座を終わられたわけではありません。
いまだ「混沌」の中にいる受講生さんもいます。
でもその「混沌」を創るために、その受講生さんは参加されたようです。
そしてその「混沌」は、後に大きな「気づき」として成就するでしょう。

すべては真本音の意志通りに進んでいるように思えます。
真本音の意志は強い。
とてつもなく強く、無限の可能性を秘めています。
可能性の扉を、皆さんは開けられました。
見事に開けられました。
あとは、飛び立つだけですね。

posted by はーん at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あまりに明確に

この世の中に生まれてきた意味や使命というのは、誰にでもあるのだと私は信じて来ましたが・・・。
まさかこのような形で、これほどまでに明確に、・・・そう、それはまるで会社から与えられたノルマのように、私の果たすべきことがハッキリと認識できるとは、ほんの1〜2週間前には思いもよらぬことでした。
しかしそれは、ノルマのようでノルマではありません。
私自身が(私の真本音が)もともと決めていたことです。
そうです。
もうわかっていたのです。
同じことを私はこれまでも何度も考えてきたのです。
何度も答えは口にしてきました。
私にとっては、当たり前の使命。
でもそれが、本当にそうであると確信するにあたり、その現実を受け止め切れないでいる自分がいます。
・・・と言いつつも、当たり前のようにすべてを受け入れている自分もいます。

まぁ、なんにせよ、私はこの道を行くだけです。
どうやら、仲間もいます。
これから、すべてが形になって行くようです。
すべてがね。
2010年は激動のスタートとなりそうだ、と言い続けていますが、本当にこれからその激動が始まりそうです。

posted by はーん at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月18日

無限の境界

ブルックナー、いいですねぇ。
今日の研修の前は、ずっとブルックナーを聴いていました。
彼の音楽のCDは、真本音発揮度合い100%という、凄いものがいくつかあります。
(なかなかそういった音楽とは巡り合えません。)
ちなみに、私が現時点で持っているブルックナーのCDで、真本音100%のものは、

*シューリヒト指揮 交響曲第9番 1961年録音
*チェリビダッケ指揮 交響曲第5番 1986年録音
*ヴァント指揮 交響曲第4番 2001年録音

の3枚です。
今日は、研修会場までの道のりが長く、これらを聴きながら移動しました。
おかげで、研修中はずっと頭の中でブルックナーが鳴り続け、それが私の精神をとても安定させてくれました。

さて、今日は昨日の新人さん達の研修の2日目です。
昨日のブログで、皆さんが「直観の境界」を超えたというお話を書きました。
そして、このままいくと、もう一つ上の境界を超えるかも、・・・と。
ところがこの予想は見事に外れました。
良い方向に外れました。
つまりは、もう一つ上どころか、全員がもう二つ上の境界を超えてしまったのです。

「直観の境界」の一つ上を「使命の境界」と言います。
そしてさらにもう一つ上を「無限の境界」と私は呼んでいます。
人生を普通に過ごしていて、ここまでの境界レベルに達することは、まずあり得ません。
ただ、これらの境界を超えたからと言って、表面上の皆さんのふるまいが特異なものになるわけではありません。
ただ単に、真本音の発揮レベルが上昇するだけですから、皆さんはあくまでもニュートラルで楽しく、いたって安定した状態です。
つまりは、「普通の状態」となるのです。
ということは、逆に言えば、私達は日常生活を営んでいますと、「普通の状態」からいつの間にか外れてしまっていることが多いということですね。
「普通の状態」で会話をすれば、誰かが誰かを責めるとか、傷つけるとか、そういったことは普通になくなります。
全員が繋がった状態で、ただ普通に関わり合います。
あまりに普通なので、それはもう傍から観ていますと、美しいです。

そんな彼らから普通にパワーをいただき、私も普通に幸せでした。


posted by はーん at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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