こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2010年12月30日

私の使命について30(最終回) 〜1000の人生B

人生は短いですね。
一日は24時間ですが、あっという間に過ぎてしまいます。
せめて倍の48時間あればいいのにな、とよく思います。
この限られた人生(時間)の中で、一人の人間のできることは、たかが知れています。
であるが故に、私達は自分の人生(時間)を、そして命を、どのように使うのか? 何のために使うのか? を自ら決めることが大切です。
いや、もともと私達は、自ら決めています。
その答えは真本音の中に、「明確に」あります。
その答えに気づけるかどうかですね。

パワーレベル600を超えたあたりで、自分の「決めている」人生の方向がかなり明確になってきます。
700を超えると、それがまたさらに明確になり、それに対して「踏ん切り」がつきます。
800を超えると、その道に無限の可能性を感じ、ますますその道が「好きに」なります。
900を超えると、道の先は見えなくとも、道は一本道であり、自分はすべて自然の流れの中でその道を流れる者であることを確信します。
そして1000に至ると、その道に秘められた「本当の意味」を知り、その道の「本当のすばらしさ」を知り、そしてさらに「その先の道」までもが見渡せるようになります。
これまでの自分の歩みのすべてに合点がいき、これからの自分の歩みのすべてに「まばゆい光」を感じます。
あとはその光に向かって「今」を歩み続けるのみです。

そして1000になった瞬間から、その道を進むのに必要な「力」が、これまでとは比較にならないスピードで、飛躍的に向上し始めます。
その成長度合いは、限りを感じさせません。
いったいどこまでこの力は伸びるのだろうか?と、驚嘆する日々が始まります。
(おかげで、私のエンティティ処理能力は格段にアップしました。今は、ほとんどの場合、研修やコーチングのその場で、すべてのエンティティを処理できるようになり、本当に楽になりました。)
出会うできごと、出会う人々、出会う環境すべてにおいて、自分を活かすことができるようになります。
その「1000の人生」を歩みたいという希望は、私達すべての人間の真本音に共通していることです。
すべての人の「願い」です。
ですから、すべての人が、1000の人生に至ることが、私の夢であり、願いであり、ビジョンであり、祈りです。
地球を一つの心として見立てた場合、地球という心のパワーレベルを1000にするのが、人類の悲願です。

その悲願を実現するためのターニングポイントが3年後に迫っています。
2013年に、人類は「真本音の時代」に入ります。
いや、入ろうとしています。
これまでは、「反応本音の時代」でした。
「反応本音の時代」から「真本音の時代」に移るということは、それは人類そのものの在り方の劇的な変化を意味します。
これまでの成功法則が通用しなくなり、新たな成功法則に基づいて人生は運営されるようになります。
その成功法則とは、自然の原理原則に即したものとなります。
パワーレベルの低い人達は、高い人達の歩みを止めることが、非常に難しくなります。
本当に自分の願いや使命を見出した人達が、世の中を引っ張る時代となります。
それは、地球全体のパワーレベルが1000になるための大きなステップとなります。

ところがその「真本音の時代」に入るには、現時点では、まだまだ地球全体のパワーレベルが低過ぎます。
この3年間で、全体のパワーレベルを一気に高めることが、人類が「真本音の時代」に予定通り入る条件となります。
その時間的余裕は、もうありません。
急がねばなりません。
そういった状況の中で、私達は生まれてきました。
・・・ということが、パワーレベル1000になってから明確にわかるようになりました。

もともと私達は一つです。
もともと私達は「源(ソース)」であり、「空」なのです。
たとえて言えば、演劇をイメージするとよいでしょう。
舞台上のすべての役を、一人が行なっている、というのが私達です。
本当は一人がすべての役を演じています。
その一人は監督でもあります。
監督が描いたストーリーがあります。
それは大団円につながるストーリーです。
しかしその演劇は、アドリブも効きます。
舞台に上って演じているうちに、本当は目の前の自分以外の役も自分自身が演じているのにもかかわらず、それを忘れてしまいます。
そして目の前の人を「自分とは別者である」と信じてしまいます。
そして、当初のストーリーと違った展開にもっていってしまいます。
それが私達です。
私達は、もともと一つ(源)です。
しかし、それを忘れてしまいました。
パワーレベル1000になるということは、その忘れていたことを、明確に思い出す、ということでもあります。
それを思い出せば、もともと一つだった私達自身の願いも思い出すのです。
私は、それを思い出しました。
そして、一つの役を演じる自分として、何をすべきか?を思い出しました。

パワーレベル1000になって、本当にわかりました。
人間にとっての本当の幸せとは、パワーレベル1000の人生です。
それは極めて「普通の人生」です。
自分が本当に大切にしたいものを大切にする人生です。
ですから、私はすべての人達が、パワーレベル1000に戻ってほしいな、と願います。
そうです。
パワーレベル1000に「戻る」のです。
すべての人は、もともと1000だったのですから。

・・・・

「私の使命について」というテーマでこのブログを書き始めて既に今回で30回目です。
なぜ私はこの文章を書いているのだろう?と毎回思いながらもここまで来ました。
私はどなたかに、何かを伝えたいようです。
その「どなたか」とは、もちろんお一人だけではありません。
どなたかは知りませんが、たくさんの「どなたか」がいらっしゃるようです。

改めて、私の使命とは。
それは、一人でも多くの皆様のパワーレベルを、人生の目標値まで上げること。
そして、パワーレベルと現実との結びつきのサポートをすること。
・・・です。
そして、人類全体、地球全体のパワーレベルが1000に近づくため、人類が3年後に無事に「真本音の時代」に入るため、そのために自分にできることがあるならば、私は何でもします。

「私の使命について」というテーマでの文章は、いったんこの30回目をもって終了します。
しかし今後の私のブログは、恐らくずっとその「どなたか」に向かって発信し続けるでしょう。
最後までお読みいただき、本当に感謝します。
ありがとうございました。

よいお年を、お迎えください。


2010年12月29日

私の使命について 番外編

私と親しい人の何割かはよくご存知のことですが、わたくし、ウルトラマンが大好きです。
そしてわたくし、一昨年から一つ決めていることがあります。
それは、毎年一回上映されるウルトラマンの映画は必ず観に行く、ということです。
で、今日、仕事の合間に観に行ってきました。
子ども達の中に混じってスーツ姿で会場に入りますので、いつもちょっと恥ずかしいのですが、最近は私のように大人一人で観に来られる人も多いので、仲間が増えています。笑

で、今日のブログですが、私の使命についての番外編として、ぜひ映画のお勧めをしたいのです。
なぜなら今日観たウルトラ映画、とんでもなかったのです!
びっくり仰天! 驚天動地! の雨アラレでした。
円谷プロは凄い映画を創りました!

映画名は、「ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!べリアル銀河帝国」です。
この映画は、もちろん子ども向けに創られています。
とっても悪いヤツがいて、その悪いヤツを倒す、という一見非常にわかりやすいストーリーですが、ここで描かれていることは、私達の住むこの宇宙の本質と人間の本質と人生の本質でした。
このブログでもたまに出てくる「源(ソース)」というものも、はっきりと、そしてさりげなく表現されています。
一つ一つのエピソードに深い意味がありますが、特に準主人公として「ナオ」という男の子が登場していますが、彼が私達人間の代表だと思って観るとよいでしょう。(ちなみに、私の本名はナオトです。笑)
真本音に目覚め、真本音に素直に行動する我々人間の姿が、彼です。
ある場面で、彼は言います。
「ボクはあんなにも強くない。でも、ボクは自分のできることをするんだ!」と。
そしてある場所で、重要なメッセージを受け取ります。
それは、心の中に響いてきたメッセージで、そのメッセージこそがすべてに力を与えていくことになります。
まさに真本音メッセージ(源からのメッセージ)そのものです。

本当に驚きました。
子どもにもわかるストーリーの中で、これほどまでに本質を描き切るその力量に感服しました。
この映画自体のパワーレベルはゆうに500を超えています。
500を超える映画というのは、滅多にはないです。
そしてもっと驚いたのが、この映画の監督をされたアベ ユーイチさんです。
彼自身のパワーレベルは最高値も最低値も621だということがわかりました。
彼はこれまでもウルトラの作品を手掛けており、私の最も好きなウルトラマンネクサスという作品でも監督をされていたようです。
なるほど!と思いつつ、こんな方がいらっしゃることに大いなる希望を感じました。

映画は、公開されたばかりです。
さぁ、この冬休みは、ぜひ「ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!べリアル銀河帝国」で楽しみましょう!(・・・って、別に私は円谷の人間ではありません。)

PS.
もしこのウルトラ映画をご覧になって「とても良かった!」と思われた方は、もう一つお勧めのウルトラ映画をご紹介します。
DVDで発売されています。
2年前の映画で、「大決戦! 超ウルトラ8兄弟」という映画です。
この映画も、真本音と反応本音の関係をわかりやすく表現しています。
この映画の中に出てくる「ウルトラマン」というセリフをすべて「真本音」という言葉に置き換えながら観ていただくと、真本音の意味がわかりやすくなると思います。
あぁ、ウルトラはすばらしいねぇ。笑

2010年12月25日

私の使命について29 〜1000の人生A

私のクライアントさんで、もう間もなくパワーレベルの最低値が1000になりそうな方がお一人いらっしゃいます。Aさんとします。
Aさんは前回のコーチングで、こんなことを言われていました。
「すべてが、『なんでもない』ように観えて来たのです。」
この「なんでもない」という一言は、物事の本質を見事に言い当てているなぁ、と感嘆しました。
「なんでもない」というのは、つまりは「あるがまま」ということです。
すべてが「あるがまま」。
そう観えるようになったとき、とても心が楽になったようです。
いや、もはや「心ら楽になる」という次元ではないですね。
心そのものも「あるがまま」になったということです。
それこそが、完全なる「普通の状態」です。
「普通の状態」に戻ったとき、私達は無限とも言える心のエネルギーと、それを活かすことのできる人生の道を見出すことができます。
ただしそれは、一瞬にしてすべて見出せるわけではなく、日々を一歩一歩進む中で、徐々に明確になってきます。
エネルギーも徐々に(と言っても凄いスピードですが)高まります。
その一歩一歩自体が、言いようのない人生の醍醐味として認識されます。

前回も書きましたが、私自身は今年の6月29日にパワーレベルの最低値が1000になりました。
予定では7月22日でしたので、予定よりも約1ヶ月早かったです。
なぜ早まったのか、その理由は当時はわかりませんでしたが、7月22日にそれがわかりました。
簡単に言いますと、この1ヶ月間は試運転だったのです。
私が私自身をコントロールするための。
特に研修においての私を。
試運転が必要なくらいに、私の研修での根底のパワーは高まりました。

7月22日。
その日も研修でした。
研修会場に向かう途上で、あぁ、試運転は終わったんだな、ということがわかりました。
研修会場で皆さんと向き合いますと、その直後から、その違いがわかりました。
3次元の現実世界の中での皆さんと、源(ソース)の中での皆さん。
その両方が観えました。
向き合った瞬間から、私と皆さんの真本音の共鳴が始まったのが、はっきりわかりました。
一気に、皆さんのパワーレベルが上昇し始めました。

パワーレベルの最低値も1000になるということは、心は完全なる一貫性が取れている状態です。
完全なる一貫性の取れた人間と向き合えば、人の心は急激に一貫性を求めて動き始めます。
結果としてパワーレベルが高まるのは当然ですね。

この日を境に、研修ご参加の皆さんのパワーレベルが999までアップするまでの時間が、日に日に短縮されるようになりました。

つづく

2010年12月24日

私の使命について28 〜1000の人生

今の私の研修やコーチングを受けていただきますと、ほとんどの方々がパワーレベルの最高値は999まで上昇されます。
しかし残念ながら、決して1000には届きません。
(とは言え、これまでお一人だけ、コーチングの最中に1000に達した方がいらっしゃいました。特例と言ってよいでしょう。)
999と1000の間には、大きな段差があります。
これが最後の境界です。
最後の境界のことを、私共は「源の境界」と呼んでいます。

「源の境界」を超えたかどうか?は、実はかなり明確にわかります。
なぜなら、私達はその境界を前にすると必ず「選択の場面」に出会うからです。
「選択の場面」とは、今後の人生を左右する大きな選択肢が目の前に現れることを言いますが、それは必然的に訪れます。
具体的には次のようなものです。
簡単に言いますと、目の前に二つの道があるのをイメージしてみてください。
一本目の道は、現状の999のまま生き続けるという道です。
もう一本の道は、1000になることを選ぶ道です。
私達は、そのどちらを選んでもOKです。
999の道を選んだとしても、それで不幸になるわけでも、試験に不合格となるわけでもありません。
これまでと同じ人生が続くだけです。
これまでと同じ人生と言っても、パワーレベル999の人生ですから、それはかなり充実したものとなるでしょう。
しかもその999の道へは、なんの抵抗もなく、すんなりと入って行くことができます。

それに対して、1000の道に入るには、かなりの勇気が必要です。
「かなり」というのはどれくらいのレベルかと言いますと、見方によっては「これまでの人生を捨ててしまう」というくらいの覚悟のいる勇気です。
これまでの傾向では、そこで何か大切なものを手放さなければならない、といったケースが多いようです。
例えばご自分にとって、人生で最も大切なものをイメージしてみてください。
それを手放しなさい、と言われたら、とてもとてもできないと思います。
しかしそれに近いくらいの覚悟と勇気が必要なのが、1000の道です。

とは言え、勇気を奮ってその道に入ってしまえば、その直後からは、それまで経験したことのないような人生の道が広がります。
勇気をもって手放したものも、手放したからこそ、それが本当に活きる展開となります。
そしてこれまで当たり前のように見続けていた「現実」が、全く違った観え方をするようになります。
「現実」そのものは全く変わらないのですが、それを見ている自分自身が変化するのです。
その変化とは、これまで経験したことのない圧倒的なものです。
しかしながらそうは言っても、一方では何も変わったようには思えない自分もいます。
ただすべてが、完全なる「普通」の状態に戻ったような感じです。
これを、ある方は「凡」と表現されたそうです。

私のパワーレベルの最高値が1000となったとき、「最低値は7月22日に1000になる」ということが自然にわかりました。
その間は、1000と1000未満の両方を行き来するギャップをしっかりと体験することが私のテーマでした。
ギャップがあるからこその苦しみを体験しながら、私は多くのことを学べました。
そして6月29日が来ました。
詳しくは申し上げられないのですが、私にも「選択の場面」が訪れました。
その時は「選択の場面」という概念すらわかっていなかったのですが、今から思えばそれが私の「選択の場面」でした。
それを超えたとき、私のパワーレベルの最低値は1000になっていました。
その瞬間から、私の目に映るすべてのものは、「完全なる普通」となりました。
しばらくは涙が止まりませんでした。
7月22日よりも約1ヶ月早い展開に驚きましたが、実はそこにも意味があったのです。

つづく

2010年12月23日

私の使命について27 〜1000の苦しみE

私は自分自身が巡り合った「研修講師」や「コーチ」という仕事が心の底から好きです。
とても幸せな仕事に出会えたと思っていますし、私にとっては「仕事」ではなく、「人生の使命」であるとも、出会った当初から感じていました。
しかしその一方で、この仕事を通じて、私はいつもエンティティに苦しめられてきました。
言葉では言い表せない苦しみを、私は体験し続けました。
いつか、そこから抜け出せる自分になれると信じながら。

パワーレベルの最高値が1000になったとき、私はようやくこの苦しみから抜け出せるのではないかと期待したのですが、残念ながら私の期待は淡くも消え去りました。
1000の状態で研修やコーチングに向かうことによって、私が皆さんから受けるエンティティの量は飛躍的に増えたのです。
恐らく、その人がこれまでの人生で積み上げて来た(・・・変な表現ですが。)エンティティのすべてを、私が引き受けるという状態になったと思います。
当然、私の苦しみも増しました。
それは研修やコーチングに関わらず、たとえちょっとした打合せであったとしても、雑談であったとしても、向き合ったその瞬間に、私はその人のエンティティをすべて受け取っていました。
例えば30分とか1時間くらいの打合せをすると、その後、そこで受け取ったエンティティ処理に同じくらいの時間、・・・1時間くらいかかってしまう、という状況になりました。
そのかわりに、エンティティから解放された皆さんのパワーレベルの上昇率も一気にUPしました。
この頃から、私の研修を受けられた皆さんの多くが、パワーレベル900を超えられるようになりました(最高値ですが)。
皆さんのパワーレベルが上がることについては、私は大きな喜びを感じていましたが、その一方でエンティティに苦しむというその当時の私の状態は、今から考えると不自然でした。
その不自然さは、私自身のパワーレベルの最高値(1000)と最低値(550)という大きなギャップが生み出しているものでした。
ギャップがあるからこその苦しみでしたが、それは「人間の苦しみ」でもありました。

皆さんからのエンティティを受け取りながら、私はそのエンティティがどのような性質のものか、という判別が、いつの間にかつくようになっていました。
人間の様々な人生の苦しみを、私は体験することができました。
ある人と向き合い、別れた後、そこで受けたエンティティを感じれば、その人が何に苦しんで来たのかが、だいたいわかるようになりました。
もちろん、具体的なことは何もわかりません。
しかしどのような傾向の苦しみかがわかるようになったのです。
それは、私にとっては、とても大きな財産となりました。
私はますます、人間が好きになりました。

そして、今年の6月29日が来ました。

つづく

2010年12月22日

私の使命について26 〜1000の苦しみD

エンティティというのは、場にも影響を与えます。
例えば、ある企業様での管理職研修。
いつものように一日目に皆さんの“ねがいのもと”を出し、二日目に会社や仕事について語り合っていたのですが、どうも皆さんのパワーレベルの上昇が弱かったのです。
いつもでしたら、遅くとも2日目には、皆さんのパワーレベルは600とか700を超えるのですが、500前半くらいで上昇が止まったままでした。
その原因がわかりませんでした。
私はちょっとあせっていました。
原因を探るために、皆さん同士で話し合いをされている最中に、お一人ずつに意識を向けてみました。
すると、ある人(Aさん)のところで、私の意識が引きつけられました。
実はAさんは、研修ご参加者の中で、最も積極的で最もプラス発想をされている方でした。
存在感や影響力も高い方でした。
ところが、Aさんに意識を向け切ったところで、私はゾクッとしました。
強烈なエンティティの存在を感じたからです。
そのエンティティは、今まさに私に向かって来ようとしていました。
「怖い!」と私は思いましたが、あきらめました。
心の中で、「おいで、こっちに」と言うと、そのエンティティがワーッと私に向かってくるのがわかりました。
私はそれを残さず受け取りました。
するとその瞬間から、Aさんの雰囲気が明らかに変わりました。
変な表現ですが、光り輝いたように見えました。
そしてまさにその瞬間から、他の皆さん全体のパワーレベルも一気に700近くまで上がったのです。
一人の方の強烈なエンティティが場に与える影響の強さを、まざまざと実感した瞬間でした。

このようなことを、多かれ少なかれ、いつも私は研修やコーチングで行なってきました。
私自身のパワーレベルの最高値が1000になった後、私はこのエンティティの苦しさから抜け出せるのではないかと期待しました。
しかし、私の期待とは裏腹の展開が待っていたのです。

つづく

2010年12月21日

私の使命について25 〜1000の苦しみC

前回、「ストレスとは、人から人へ乗り移るもの」というお話をしました。
正確に表現しますと、「ストレスを生み出すもととなる反応本音やエンティティは、人から人へ移るもの」ということになります。
(もちろん、喜びや幸せを生み出す反応本音も、移ります。)
私はもともとそういったストレス系の反応本音やエンティティを、人から受け取りやすい性質でした。
ですから研修講師を始めた頃は、受講されている皆さんのエンティティをいっぱい受けて、動けなくなるほどのダメージを負っていたのです。
私のブログも、2,3年前のものは、そういった「苦しさ」を表現した内容のものが多かったように思います。

2007年初頭に参加した、あるアメリカのセミナーでは、そういったエンティティの処理の仕方を学ぶことができました。
それは非常に有効な方法で、私はとてもスッキリできましたが、その方法は二人一組で行なうものでした。
一人ではできなかったのです。(一人での処理は「危険」とされていました。)
ところが、セミナーから日本に帰り、研修の仕事にもどりますと、さっそく多くの方々から毎日のようにエンティティを受け取りました。
私はいつも研修の後に苦しんでいました。
学んだエンティティ処理をしようと思っても、やってくれる人がいません。
でも、何もしないと、心と体が持ちません。
そこでやむを得ず必死の思いで、一人でエンティティ処理をしました。
危険なのはわかっていましたが、何もしなければ自分自身がまいってしまうのはわかっていましたから、とにかく必死でした。
ところが人間、必死になれば何とかなるもので、徐々にですが、上手くエンティティ処理ができるようになりました。
毎日毎日、朝と晩に私はエンティティ処理を、自分を人体実験するような形で2年半、続けました。
そしてようやく、一人でできる安全なエンティティ処理法を完成させ、体系化することができました。
その内容は、2009年秋から始まった「SCCねがいのもと講座ソーシャル・ステージ」からご紹介できるようになりました。

エンティティ処理法が使えるようになったとしても、やはり、エンティティを受けるというのは辛いものです。
どんな人がエンティティをたくさん持っているか、というのは一概には言えませんが、一つ傾向としては、いつも心に無理を強いて生きている人には多いですね。
例えば企業においては、責任の重い管理職以上の立場の人など、特に幹部クラスの方に強いエンティティを抱えている方が多いようです。
もう何年か前のことですが、ある大手企業の幹部さんに研修にご参加いただいたときには、私は彼のエンティティのダメージから抜け出るのに2〜3週間かかるくらいでした。
しかし数ヶ月後に、その幹部さんと再会しましたら、見違えるほど雰囲気が明るく変化されていました。
エンティティを手放すというのは、その人の人生にとってかなり大きな影響があるようです。

私自身はエンティティを好きで受け取っているわけではありません。
できれば、受け取りたくありません。苦しいですから。
しかし、毎回毎回、受け取ってしまうのです。
これはもう、私自身の宿命なのだと、ある時にあきらめました。
そして、どうせあきらめるのなら、いっそのこと徹底的にエンティティを受け取り、私自身で浄化してしまおう、と考えを改めました。
それもあり、エンティティ処理法は体系化されたのだと、今は思っています。

つづく

2010年12月20日

私の使命について24 〜1000の苦しみB

SCCを立ち上げたばかりの頃のあるコーチングで、私はクライアントのAさんと向き合っていました。
その時たまたまAさんは、非常に強いストレスを抱えていらっしゃいました。
下腹がキューっと痛むくらいのストレスで、顔をしかめていました。

向き合っている途中で、私は明らかに、何かが私の中に移ってきたのを感じました。
その瞬間に、喉が詰まるような不快感と、私自身の下腹の痛みを感じました。
見ると、Aさんのお顔は、スッキリとされており、「いや、なんかおかげで楽になりました」とおっしゃいました。
その時からです。
ストレスというのは物理的なものであるということを、私が認識するようになったのは。
つまり、ストレスの塊のようなものが実際に存在しており、それは人から人に乗り移るのではないか、と。
これについては、現時点では科学的な解明はされていませんが、現場での実感としては、まず間違いない事実だろうと思われます。

ストレスには2種類あります。
「普通の反応本音」によって生じるものと、「普通ではない反応本音」によって生じるものです。
いずれにしても、反応本音を原因とした「不一致」や「葛藤」や「歪み」がストレスとして感知されます。

「普通の反応本音」とは、真本音とつながっている反応本音のことです。
ほとんどすべての反応本音は(そのつながりを自覚しているかどうかは別として)、真本音とつながっています。
しかしその一方で、「普通ではない反応本音」というのもあります。
それはつまり、「真本音とのつながりの全くない反応本音」です。
ちょっと怖い言い方をすれば、それは不必要にこびりついてしまった「念」であったり、「生き霊」であったり、もしくは「霊」である、という言い方もできます。
本来の自分の心には全く不必要なものが、私達の心には取り憑いてしまいます。
私が以前勉強させていただいた、アメリカのセミナーではこれを「エンティティ」と呼んでいました。
ええっ? と思われるかもしれませんが、エンティティは、ほぼ100%に近い方の心に存在しています。
エンティティの全くない人というのは、これまで片手で数えられるほどの人しか、私は存じ上げていません。

このエンティティによって生じるストレスは、とても強いものです。
であるにも関わらず、そのストレスを感じ続けることに慣れてしまい、その状態が「普通の状態である」と思い込んでしまっている人の、なんと多いことか。
かく言う私自身も、そうでした。
私は、他の人に比べても格段に、エンティティいっぱいの人間でした。

つづく

2010年12月14日

私の使命について23 〜1000の苦しみA

人生には二通りあると思います。
「自分にできることをし続ける人生」か、
「自分にできることすらしない人生」か。
この二つしかない、とあえて断言してしまいましょう。

後者の人生の方が一見楽に見えますが、実は後者の人生を歩んでいる人の心には、悪い意味でのストレスが生じます。
そのストレスは、パワーレベルを減退させるストレスです。

上記の二つを言いかえますと、次のようにも表現できます。
「人生と向き合っている」か、
「人生から逃避している」か。
逃避とは、一見楽なように見えますが、実はこれほど自分自身の魂と心を弱らせるものはありません。

大変厄介なのは、ご本人は「自分は人生と向き合っている」と思い込んでいても、現実には逃避をし続けている、というケースがあるということです。
研修やコーチングで、そう言った方と向かい合いますと、私はいつも大きなダメージを受けて来ました。
そうです。
ストレスとは、人から人に伝染するのです。
特に私は、人のストレスを人一倍、受け取りやすい体質のようです。
それは恐らく、私自身の中に「人生から逃避したい」という強い欲求が根強く残っていたからだと思われます。
それは非常に強い反応本音の塊で、そういった塊が共振や共鳴を起こし合い、お互いに影響をし合うことは多いのです。

昔の私は、研修が終わる度に、立てないくらいのダメージを受けていました。
思考することも、喋ることもできないくらいの状態に、毎日なっていました。
そしていつも吐き気をもよおし、時には実際に吐いていました。
これは私だけでなく、研修講師やカウンセラーなどをされている方でしたら、多かれ少なかれどなたもがご経験されることだと思います。
ただ、私の場合はそれがひどく、この仕事に就いたばかりの頃は、自分の寿命はあまりもたないのではないかと真剣に思っていました。

その後、コーチングと出会い、SCCを立ち上げ、真本音・反応本音という心の在り様を知り、随分と心の動かし方が楽になりました。
そして2007年の始めに、あるアメリカのセミナーに参加し、そこで「エンティティ」というものの存在を知りました。
それによって、私がこれまでいったいに何によって苦しんでいたのかが明確にわかりました。

つづく

2010年12月12日

私の使命について22 〜1000の苦しみ

人の心とは面白いものですね。
「すべては自由です。あなたの選択肢は無限にありますよ。」と言われるよりも、
「すべてはもう決まっています。あなた自身がもう決めているのです。道は一つです。
 あとはその決めている道を決めた通りに進めばよいのです。」
・・・と言われる方が、心は自由になるようです。

パワーレベルの最高値が1000になることで、私の何が最も変わったか?
それは、「すべてはもう決まっている。私自身がもう決めている。」ということを、完全に受け止めることができたことでしょうか。

このブログの「私の使命について6」で、私は次のような文章を書かせていただきました。

・・・・
「無」と「空」は違います。
「無」とは、「何もない状態」です。
「空」とは、「すべてがある状態」です。
二つは一見、同じように見えます。
7色の光がすべて集まると、何もない透明な状態になるのと同じように、「空」とは何もない状態と同じように映るからです。
しかし、そこにはすべてが存在しています。
「無」すらも、「空」の中に存在しています。
それが、すべての源です。

私達の世界(宇宙)は、この「空」から始まっています。
この「空」のことを、アメリカでは「源(ソース)」と表現しているところもあります。

「空」・・・すべてがある状態の中から、私達は「現実」を選び出しています。
つまり、「これが起こるに違いない」と信じている「現実」を自ら創り上げています。
ところが多くの場合、その「自らの創り上げている」ことそのものを、私達は無意識に行なっていますので、目の前に起きている現実を「他から与えられたものである」と勘違いしています。
そして周りや環境に原因を求め、「現実は変えられない」と、自ら諦めています。
しかしそれも「現実は変えられない」という信念に基づいた「現実」を、自ら創り出していることになります。
「自分が変われば、すべての現実が変わる」というのは真実です。
と、私はようやく最近、断言できるようになりました。
・・・・

「すべてある」ものの中から、自ら「現実となるもの」を選び出しているのが私達人間です。
そして私達は、何を選び出すかということを、すでに完全に決めています。
人生とは、決めていることを決めた通りに実行すればよいだけのことなのですが、それをまた「しない」のも人間の性です。

「思惑」という言葉があります。
「思惑」とは、反応本音レベルのものです。
私達は多くの場合、思惑をもって生きていますが、思惑に囚われ過ぎると、自分の本当に決めている選択から外れることが多いです。
しかも思惑に囚われ過ぎると、人生が疲れやすいです。
「だから、思惑を持たずに生きましょう」ということではなく、
「思惑があってもなくても、道は同じ。
自分が決めている道は同じである。」
という事実を、知ることこそが大切だと思います。
じゃあ「自分の決めいている道、というのは思惑ではないの?」ということになりますが、
それはもう、思惑という次元ではありません。
思惑とは意図的なものですが、それはもう「意図」のないもの、「意図」を超えているものだからです。
思惑を超えたところにこそ、本当の答え・本当の道があるのです。

思惑を超えた、本来の自分の決めている道を歩み続ける。
それが完全にできるのが、パワーレベル1000です。
そしてそれが完全にはできていない状態が、パワーレベル999以下です。
私はしばらく、550と1000の間を行ったり来たりしていました。
完全に真本音で生きる状態と、そうではない状態の行ったり来たりです。
そこには、1000を知っているが故の苦しさと不安定さがありました。
私はそこに「人としての苦しみ」を観ました。
完全を知れば、不完全の苦しみがより強調されます。
より明確になります。
それを私はしっかりと知る必要がありました。
パワーレベル1000に向かう人をサポートするために、その体験は必須だったのです。

つづく

2010年12月07日

私の使命について21 〜1000になった日

パワーレベル1000とは、ゴールではありません。
すべてのスタートです。
1000になることで、その人の力が完成するわけではありません。
1000になった後に、本当の「力の開花」は始まるのです。
その「力」とは、その人の「人生の願い」「人生の使命」につながる力です。
つまりは、その人が真本音で望んでいる「最も欲しい力」です。
それは、1000を達成することで初めて、花開き「始める」のです。

私の体験を書きましょう。
著書「パワーか、フォースか」と出会ってから、私はまずは自分のパワーレベルを測りました。
これは以前にも書きましたが、その時点での私のパワーレベルは596と測定されました。
しかしその時の私は、たまたま精神的に調子の悪いときでした。
それから間もなく、ある2時間のセミナーを終えたとき、ふと何気なくスタッフに頼んで、私のパワーレベルをもう一度測ってもらいました。
すると、874ありました。
その数値の高さに、私自身、非常に驚きました。
その後、研修のたびに、休憩を取るごとに私のパワーレベルを測るようになりました。
一日の研修の場合、研修開始直前の私のパワーレベルは、だいたい910くらいでした。
そして研修が始まり、進むにつれて、パワーレベルは徐々に高まり、最高値が996まで行くことがわかりました。
そして研修が終わると、また徐々に私のパワーレベルは減っていきました。
当時の私は、最高値996と最低値550の間を行ったり来たりしていることがわかりました。
当然ですが、私のパワーレベルの高まりに乗じて、研修ご参加の皆様のパワーレベルも上がりました。

そして今年(2010年)の3月5日が来ました。
この日も、私はある大手企業様(A社)での研修でした。
A社様とは長いお付き合いをさせていただいており、その研修担当のBさんにもご協力いただいて、パワーレベルを研修の休憩時間ごとに測っていました。
ちょうどお昼直前の休憩時間だったと思います。
私のパワーレベルはいつものように996に達しました。
それを知った私は何気なく、「今日もこれで最高値です。でもなかなか996の壁は超えられませんね」と呟きました。
それを聴かれていたBさんが、私にこんな一言を返されたのです。
「それって、竹内さんが『壁だ』と思い込まれているだけではないですか?」
このBさんの一言が、妙に私の心に残りました。

その後、お昼の休憩に入りました。
私はいつも研修のときは、お昼ごはんを食べません。
一人でブラブラと散歩をしながら、心を整えます。
この日も、一人でブラブラと散歩に出ました。
近くに公園があり、木々の多くあるその公園がとても気持ちよく、私は木々を見上げながらゆったりとした気分でいました。
すると突然、私の真本音が呟いたのです。
「もういいんじゃないか。リミッターを外しても。」
自分の心の声なのに、一瞬、何のことかわかりませんでした。
でも、もう一度、思ったのです。
「そうか。もういいのか。自分に制限を加えるのはもうやめよう。
私は、完全に自分を開放しよう。
本来の私の力を開放しよう。
本来の自分にもどろう。」
自然にそんな発想が生まれました。

そして、午後一番。
皆さんの前に立ち、研修を再開しました。
ちょうど、「使命」についてのお話をさせていただいたと思います。
その時、明らかに私自身の感覚は、これまでとは違っていました。
皆さんのエネルギーをダイレクトに感じながら、何の障壁もなく皆さんと向き合っている自分を発見しました。
自分も他人もない。
ただ、私達は、私達としてここに在るだけ。
・・・あえて言葉にするとそんな感じでしょうか。
その状態で、私は自分の胸の内から湧き出る言葉を、そのままダイレクトに皆さんに伝え続けました。
1時間くらい喋りましたが、私にとっては一瞬でした。
そしてまた休憩に入り、私はBさんに私のパワーレベルを測っていただきました。
すると、1000になっていたのです。
かと言って、それは驚くことではありませんでした。
あぁ、やっぱり。
そりゃそうだよな。
・・・という感覚でした。

その日から、私の研修は、・・・というよりも、私の人生は大きく変わり始めました。
自分が何のために、これまでの人生を歩み、これから何のために歩んで行けばよいのか、ということが、これまでよりも一歩も二歩も深く理解できるようになり、迷いや淀みが日に日に減少していることが認識されました。
と同時に、次のこともわかりました。
「今の私は最高値が1000になっただけだ。
しかし、もう間もなく最低値も1000に達する。
それは7月22日のことだ。
それまでに私にはすべきことがある。」
・・・そこまで確信としてわかりました。
それまでに私のすべきこと。
それは、最高値と最低値に大きな差があるが故に起こる様々なことを、しっかりと体験し、分析し、究明することでした。

つづく

2010年12月04日

私の使命について20 〜パワーレベル1000

パワーレベルが1000になる、ということは、真本音発揮度合いが100%になるということです。
しかし、これまでも何度も書かせていただきましたように、真本音が100%になったとしても、私達人間の心から反応本音がなくなることはありません。
反応本音とは、もともとは真本音が生み出したもの。
自分の人生の本来の目的を実現するための力となるものです。
真本音100%とは、100%の反応本音が、その本来の存在の意味を思い出した状態です。

私はこの、パワーレベル1000に、今年の3月5日になりました。
ただしその時点では、まだ最高値のみが1000でした。
最低値は500台だったため、そのギャップにしばらく苦しみました。
しかし6月29日に、最低値も1000となり、しばらく「試運転」が続き、7月22日からフルスロットル状態で前進し始めました。

私は、1000になったことで、自分自身の使命が完全に観えました。
ですからもう、人生に対しては、何の迷いもありません。
私のすべきこと(=本当にしたいこと)を、今ここで、今この瞬間に、一つずつ行なうだけです。

私がパワーレベル1000になった時点で、世界には1000の人が、私を含めて6人いました。
そのうちの、私以外の3人の方と、私は実際にお会いしたことがあります。
ただし、そのうちのお二人とは、直接言葉を交わしたことはありません。
そしてもう一人とは、これまで一緒に仕事をしてきました。
そうです。すみちゃんです。

パワーレベル1000の人間として、すみちゃんにはすみちゃんの使命があります。
大きな意味では、私とすみちゃんの使命は同じですが、具体的に観ますと、私とすみちゃんの役割は違います。
私の役割とは、単純明快です。
パワーレベル1000の人を増やす、ということです。
具体的に言いましょう。
約3年後までに、パワーレベル1000(最高値が)の人を17人増やすというのが、私の使命です。
私と全く同じ使命をお持ちの方が、海外にもう一人いらっしゃいます。
その方も、私と同じくらい、1000の人を増やすという役割をお持ちです。
その方はアメリカ人で、今は全く接点はありません。
6月29日の時点では、1000の人は6人だったのですが、今は11人に増えました。
しかしまだまだですね。

パワーレベル1000になってみてわかったことですが、この状態、なんら特別なものではありません。
むしろ私達人間にとって、これこそが「普通の状態」と言えるのではないでしょうか。
ということは、私達はこれまで「普通ではない状態」で生きて来た、とも言えます。
普通ではない状態から普通の状態に「もどるだけ」。
そのためのサポートが、私の使命です。
もとにもどるだけ。
たったそれだけのことです。

今回は、結論だけを書きましたが、次回からはもう少し詳しく、私自身の体験も交えながら、パワーレベル1000について語ります。

つづく

2010年12月01日

私の使命について19 〜900の境界A

パワーレベルが高まることで、4次元以上の準備(心の準備)は整います。
しかしそれだけでは、3次元世界(現実世界)での影響力が発揮されるとは限りません。
3次元世界(現実世界)での「力(能力)」が伴ってこそ、周りへの影響は大きくなります。
例えば、柔道の谷選手が昨年、政治家になられました。
現時点では、政治家の中では谷氏のパワーレベルは圧倒的に高いのですが、ではだからと言ってすぐに谷氏が総理大臣になれるかと言うと、それは無理な話です。
政治家としての3次元レベルでの力が伴っていないからです。
・・・ということなのです。
同様に、コーチを目指している人が、パワーレベルが高いからと言ってすぐにコーチングができるわけではありません。
しっかりと、コーチングの手法を学び、その力を身につけて初めて、きちんとしたコーチングを実践することができます。
つまり、

「4次元以上の力(パワーレベル)」×「3次元レベルの力」→ 環境(現実世界)への影響度

ということになります。
同じ能力、同じ状況であれば、パワーレベルが高い方が圧倒的に大きな影響を与えます。(もちろん、よい影響です。)
逆に言えば、パワーレベルが高まるということは、3次元レベルで身につけた能力の発揮度合いを高める、ということも言えます。

通常の成長をすれば、人はパワーレベル400台に達した時点で、3次元レベルの力をかなり身につけています。
3次元レベルの力を高める中で、4次元以上の力(つまりパワーレベル)を高めるという道をたどります。
ある意味、3次元の力と4次元以上の力の均衡(バランス)を取りながら、一歩一歩成長するのが本来の成長、と言えるでしょう。
しかしながら、今の時代はこれまでのその常識が覆されました。
今は、一歩一歩着実に階段を登るのではなく、一気に4次元以上の力(パワーレベル)を身につける必要に駆られた時代なのです。
それは人類の「悲願」を達成するため。
そういう意味では、今は非常事態と言ってもよいかもしれません。

最近の私は、その非常事態ぶりを、現場でひしひしと感じています。
人々の真本音の願いを強烈に感じます。
その強烈な願いにほだされる形で、私は日々の研修やコーチングをさせていただいています。

約4ヶ月くらい前からでしょうか。
私の研修を受けられる方のほとんどが、研修中にパワーレベル900を超えられるようになりました。
最高値で言えば、ほぼ100%に近い方々が、研修一日目でパワーレベル999まで一気に上昇されます。
最高値がどれだけ高まってもそれは一時的なものです。
日常生活にもどれば、パワーレベルはもとに戻るのですが、この2ヶ月くらいは、なんとパワーレベルの最低値さえも900を超える人が増えてきているのです。
最低値が上がるということは、その数値から下にはもう一生下がらないということです。
正確に言いますと、その人の人生で目標としているパワーレベルの数値を、研修中に実現してしまう人が増えているのです。
この現実に、当初の私は戸惑いました。
しかし今はそれを正面から受け止めています。
今、私達人類は(・・・あえて「人類」という言葉を使わせていただきます)は、急いでいるのです。
自分達の魂の成長を。
魂の成長を一気に実現させ、それに心と体と、3次元の力を後からつなぎ合わせるという、かなりの荒業をしようとしています。
それが、とても必要だということですね。
その荒業のサポートが、私共の役割(使命)のようです。

私の研修のテーマはここ2ヶ月ほどで大きく変わりました。
これまでは、「4次元以上の力(パワーレベル)をいかに高めるか? その人のもともとお持ちの3次元レベルの力がより大きく発揮されやすい心の状態を、いかにつくるか?」というのがテーマでした。
しかし今は、4次元以上の力(パワーレベル)が簡単に上がってしまうのです。
それを制御することはできません。
皆さんの真本音が望んでいるからです。
ですから、パワーレベルがMAXになることを前提として、「その人の高くなったパワーレベルの心をいかに活かすか? MAXとなった4次元以上の力と3次元(現実)の力を、いかに結びつけ、現実世界の中で発揮するか?」というテーマとなりました。
パワーレベルが高まっても、ご本人達にその認識はほとんどありません。
「なぜだか知らないけど、心がとっても安定しています」というお声は、研修後しばらく経った皆様からは、よくいただくお声ですが、その程度です。
ご自分の魂と心の急成長を、自覚できていないのです。
ですから、その「整った魂と心」をいかに3次元世界と結びつけるのか。
そのために、どのようなサポートが最善なのか。
それが、今の私のテーマと言えます。

つづく

2010年11月25日

私の使命について18 〜900の境界

反応本音とは、もともとは真本音から生まれたものです。
真本音が現実世界に向かうために生み出したのが反応本音です。
真本音が反応本音を活用しながら、私達は現実世界に矢印を出して行く。
それが、私達人間の本来の姿であり、最も自然な状態です。
つまりは、真本音に基づいて行動するのが、人間のもともとの姿です。

ところが反応本音のいくつかは、ある時から真本音との結びつきを忘れてしまいます。
結びつきを忘れてしまった反応本音が、さらに次の反応本音を生み出し、そしてその反応本音も、さらに次の反応本音を生み出し、・・・
それらを繰り返すうちに、私達は、私達自身の原点でもある自身の真本音そのものを忘れてしまいます。
それが真本音発揮レベル(=パワーレベル)を下げる原因です。

パワーレベルが900を超えますと、私達はほぼ、本来の心の状態を取り戻します。
どのような心模様であったとしても、どのような反応本音があったとしても、そのほとんどすべては、真本音との結びつきを思い出している状態です。
つまりは、いついかなるときも、真本音で判断・行動できる状態を取り戻しています。

すると、たとえ心の中に不信があっても、不安があっても、道は一つとなります。
つまりは、真本音の決める通りの道です。
それは最善の道。
最善の道は一本。
一本道です。

すべての「現実」の前で、真本音は必ずその一本道を選択します。
心がどんな状態でも、その最善の道を、・・・一本の道を正確にたどっていくのです。
ただそれだけです。

あぁこの道が最善なんだ、と頭で理解しても、しなくてもよいのです。
そこに意図があっても、なくてもよいのです。
後悔しても、しなくてもよいのです。
その時の心の調子が良くても、悪くてもよいのです。

心と体がどのような状態であっても、その後の展開がどのような状況となっても、
必ずそれは最善。
その時の最高。
・・・自らがそんな選択をし続けているということが、理屈ではなく、確信としてわかります。
それが900の境界、「一本道の境界」です。
この境界を超えると、心は完全なる自由を手に入れます。

ここに来て、私達は初めて本質的な意味での、「自分の本当に望む生き方」を実践しきれます。
なぜなら、どのような生き方をしても、ちゃんと一本の道(最善の道)を歩んでくれるのです。
どのような生き方であっても、結果は変わらないのです。
であれば、一瞬一瞬、自分の望む生き方をすればよいのです。
それだけのこと。

例えば登山で、頂上までの最善の道が決まっていて、その道を行けばよいことが完全にわかっていれば、あとは一歩一歩を自分なりに楽しめばいい。
ある人は景色を楽しみながら。
ある人はお花を楽しみながら。
ある人は歌を歌いながら。
道は一つであるとわかっているなら、「今」を自分なりに満喫しながら行けばいい。
それと同じことです。

そういう意味で、人生は完全に決まっている。
自分の道は完全に決まっている。
決まっている通りに、自分は自分を運んでくれる。
・・・それは、自分自身を完全に信じ切れている状態であり、はかりしれない安心感を根底に感じている状態です。

900を超えると、頂(1000)への道のりが観えて来ます。
あと一息です。

つづく

2010年11月21日

私の使命について17 〜800の境界

今の時代、日本においては、96%の人が、人生における目標パワーレベルを800以上に設定しているようです。
800とは、「無限の境界」と言います。
自分の使命(自分の命の使い方)を見出した人が、その道を一歩ずつ歩む過程で、「この道における自分の可能性は無限大である」と確信(理屈ではありません)できると、この800の境界を超えることができます。
つまりは、「自分の道を自ら決め、自分の可能性を完全に信じる」心の状態の実現を、真本音では誰もが望んでいる、ということです。

私の経験では、700を超えた方は、それまでの道のりに比べますと、比較的早く800を超える方が多いようです。
考えてみれば当然のような気もします。
自分の「本当の道」を見つけられれば、人はその道に邁進します。
すると「自分の可能性」は、いやでも開花します。
開花すれば、可能性の無限さを実感できます。

可能性の無限さを実感する、というのは「自信がつく」ということではありません。
「自信」という観点から言えば、たとえパワーレベルが1000になったとしても、「自信のない心の状態」は起こり得ます。
なぜなら「自信のある・ない」というのは、反応本音レベルの話だからです。
人の心から反応本音が消えることはありません。
ですから、人の心から「自信がない」という心の状態が完全に消え去ることは永遠にありません。

可能性の無限さを実感する、というのは「自信」ではなく「確信」の状態です。
「確信」とは、真本音レベルの心の動きです。
「自信のある・なし」に関わらず、「確信」とは、そこに在ります。
「確信」を持って物事に当たる人は、「自信のある・なし」には全く影響されない動きを見せます。
どれだけ怖いことでも、どれだけ不安なことでも、「確信」を持った物事であれば、人は必ずそれをします。

「確信」とは、独りよがりなものではありません。
独りよがりの「確信」がもしあるとすれば、それは「確信もどき」です。
「確信」とは、人類の真本音である「源(ソース)」から来るものです。
つまり、「自分にとっても環境(まわりの人達など)にとっても最善の道であること」が「確信」として発想されます。
独りよがりの道、自己満足の道、とは弱々しいものです。
私達は、本当の「確信」に基づいて動くことにより、力強い道を拓くことができます。
それは何も特別のことではなく、人間誰しもが当たり前のように持っている力です。
もともと持っている力です。
その、もともと持っている力を思い出したい。
・・・すべての人の真本音は、それを望んでいます。

パワーレベル800を超えるということは凄いことです。
しかし、人間にとっては普通のことです。
今現在、この800を超える方が続々と増えています。
私達は、確信の時代に入ろうとしているのです。

つづく


2010年11月18日

私の使命について16 〜700の境界B

使命が決まるということは、本当の意味で「主体的な人生を送る」ということになります。
主体的とは、「自分が主である」ということ。
「自分がすべての物事の源である」ということを、完全に引き受けた状態です。
そうなると、その人は「自分の人生そのものを完全に引き受けた」ことになります。
何のために生まれて来て、何のために人生の時間を使い、どのように自分自身を活かすか?
それを、真本音で実践することができます。
その状態に入れるのは特別なことではなく、すべての人類が可能です。
そしてその状態に一刻も早く、一人でも多く入っていただくためのサポートが、私共SCCの使命です。

そうです。
私(とSCC)の使命の第一は、パワーレベル700(最低値も)以上の方が一人でも多く増えるためのサポートです。
これをこの3年間やり続ける必要があります。
1分1秒でも早く。
一人でも多く。
それが、私(とSCC)のやるべきことの一つです。
3年間が勝負なのです。

人類はこれまで、一歩ずつ進化・進歩して来ました。
もちろん、様々な意味での退化もあったでしょう。
しかし、進化・進歩を求めない生き物はありません。
私達全員の真本音には、共通の「悲願」があります。
その「悲願」を果たせるかどうか、その境目が、3年後です。
それは一つのゴールであり、次へのスタートです。
良いスタートが切れるように、私達人類は、最大の力を振り絞る必要があります。
微力ながら、私(とSCC)もそのためにできることは精一杯させていただきます。

私にできること。
それは、一人ひとりの方々と、向き合うこと。
一人ひとりの方々の真本音の声を聴くこと。
一人ひとりの方々の真本音の願いや使命をサポートすることです。
私にできることは、これだけしかありません。
ですから、これだけをし続けます。

そしてその先に、もう一つの大きな使命があります。
それはまた、何回か後にお話しできると思います。
そのためにも、このブログの先を急ぎましょう。
次回からは、パワーレベル800に突入です。

つづく

2010年11月16日

私の使命について15 〜700の境界A

使命(自分の命の使い方)が見つかると700の境界を超えることは、前回書かせていただきました。
ここで言う使命とは、もちろん独りよがりなものではありません。
ここまでですでに「共感の境界」も「直観の境界」も超えていますので、700を超える人は「個と全体」という二つの視点を持ちながら、「自分は何をすればよいか」を理屈ではなく直観で知ることができます。

以前、有名な経営者の多くは、パワーレベル400台の後半の方が多いということを書かせていただきました。
ビジネスというのは当然「勝つか負けるか」という要素が強いですので、そういった組織を引っ張るリーダーが、500である「共感の境界」を超えることは、逆に非常に難しいことです。
しかし、ごく稀に500を超えている経営者がいらっしゃいます。

名前は出しませんが、現在、日本にお一人だけ、パワーレベル700(最低値も)という、とんでもなくパワーレベルの高い経営者がいらっしゃいます。(Aさんとします。)
その方ご自身も会社も有名です。
実は、数年前にその企業様に、SCCのパートナーであるリスペクトが、ある重要なプロジェクトのご提案をしました。
それはコンペで、リスペクト以外にも2社ほど、コンペに参加されていました。
コンペでは、その経営者Aさんに直接プレゼンをしました。
プレゼンをしたのは私ではなく、リスペクトのトップである岡田さんです。
リスペクトは零細企業です。
他の2社は、世界的に有名なコンサルタント・ファームでした。
通常では絶対に勝てるはずがないのですが、経営者Aさんは、ほぼ即決に近い形でリスペクトを選択されたのでした。
パワーレベルの高い人同士、・・・というよりも真本音の使命を持った者同士の共鳴(共振)が起きたとしか言いようがありません。

そう言えば、私共がここ数年ずっとお仕事をいただいているある大手企業様ですが、今はお亡くなりになりましたが、そのご創業者は驚くべきことに、パワーレベルが805でした。
恐らく、経営者という肩書を持つ方としては史上最高ではないでしょうか。
その方は、「市場のシェアを奪い合うような商売はしたくない。だからシェア100%となれる新市場を自ら開拓し続けるのが我社である」ということを、もう50年以上も前から言われ続けていました。
そして世界初の製品を次々に生み出し続けられました。
そんな方の創られた組織にお世話になっているというのも、何となく必然的なご縁を感じます。
ありがたいことです。

使命と使命は、深い部分での共感や共振を起こします。
使命と使命のコラボレーションによって、新たな何かが生み出され続けます。
最近の私共の企業研修では、やはりほぼ100%の方が、この700の境界を超えられます。
700を超えた者同士の組織は、本当の意味での人と人の相乗効果を起こしやすいのです。

つづく

2010年11月13日

私の使命について14 〜700の境界

さて、いよいよパワーレベルも700以上について書かせていただきます。
著書「パワーか、フォースか」では、700以上に関しては、またさらにスピリチュアルな表現が為されていますが、やはりこのレベルとなっても、人として普通ですし、誰もがこの境界を超えることができます。
と言うよりも、今の時代、できればすべての人がこの境界を超えることが求められています。
つまりはこの700の境界を超えることが、今の人類の共通の成長テーマである、という言い方もできます。(あくまでパワーレベルの視点で表現すれば、ですが。)

700の境界を「使命の境界」と言います。
使命とは、「命の使い方」。
つまりは、「人生において私は自分の命をどのように使って行きたいか?」、
「私の人生の目的は何か?」、
「何のために生きていきたいか?」、
などの答えが明確になりますと、この境界を超えることができます。
本によりますと、マザーテレサやガンジーが(最低値も)ちょうどこのレベルにあったようです。

ただ、このように書きますと、700を超えることが特別なことであったり、何か世界規模の大きなことを成さなければならないようにイメージされますが、さきほども書きましたように決してそうではありません。
自分自身の人生の方向がしっかりと見つかれば、誰もがここを超えられます。
しかしその方向とは、「本当に望む方向」であることが条件です。
つまりは「真本音の望んでいること」です。

ところが、これまで私が見たなかでは、非常に面白い現象が起きています。
どういうことかと言いますと、その人の心の中(潜在意識の中)では、完全に人生の方向が見つかっており、パワーレベルも700を超えているのにも関わらず、顕在意識でそれに気づいていない、というケースが多いのです。
もう答えが明確に出ているのに、その答えに本人が気づいていないのです。
(正確に言いますと、本人の顕在意識のみが気づいていないのです。)
しかし、だからと言ってその答えを他者が教えるわけにはいきません。
他者が教えることで、その道が遠のいてしまうことがあるからです。
ですから、もうわかっているはずなのに気づいていない答えに気づいていただくためのサポートをする、・・・というケースが、最近は非常に増えています。

恐らく今の時代、パワーレベルが急激な高まりを見せていますので、パワーレベルの高まりのスピードに、ご本人の顕在意識がついていっていないのだと思います。
「本当は気づいていることに気づく」。
最近の私のコーチングは、その類ばかりになってきたような気がします。

つづく

2010年11月07日

私の使命について13 〜600の境界B

私達のパワーレベルがいくら上がったとしても、私達の中から反応本音が消えることはありません。
例えパワーレベルが1000になったとしても、私達は人間であり、神様ではありません。
人間には反応本音があり、反応本音があるからこそ、人間です。
そこに、人としての存在意義があります。

ですから面白いことに、パワーレベルがどれだけ高まったとしても、それを指摘されないと自覚できない人がとても多いのです。
もし真本音・反応本音という概念を知らずに生きているとすれば、その人は例えパワーレベルが600以上だとしても、反応本音に従って生きています。
しかしその反応本音の多くは「真本音とつながっている反応本音」ですから、結果として真本音で生きていることになるのですが、その自覚はありません。
そこで、そう言った方々に真本音・反応本音の概念をご説明すると、その途端に、「あぁ、真本音、私にも確かにあります。」となります。
そして、「そうか、私はこれまで確かに、真本音で生きて来ました」と、そこで初めてご自分の生き方を自覚されます。
人というのは本当に面白いなぁ、と思います。

自分がこれまでどのような生き方をして来たのか。
どのように心を動かしながら生きて来たのか。
それらを客観的に自覚されている方は、残念ながら本当に稀です。
それは非常にもったいないことだと思います。
なぜなら、心に一貫性が取れ、本来の自分の心のパワーを発揮できるようにするためには、自分自身の心と、心の動かし方を観ることは必須だからです。
自然な心の動かし方を知り、自分の本来の心(つまりは真本音です)を発動させ、自分の本来の望みの方向に自ら人生の舵を切っていく。
・・・一人でも多くの方々が、一刻も早くそう言った生き方をされることが急務です。
それが今の時代であり、時代が求めていることです。
そのサポートをさせていただくのが私であり、私共SCCです。

なぜ、今の時代はそれを求めるのか?
その具体的な理由に関しては、もう少し先の方で述べさせていただきます。
次回からはいよいよ、パワーレベル700以上についてご説明します。

つづく

2010年11月05日

私の使命について12 〜600の境界A

このブログでは、以前から「直観モード」という言葉をよく使っています。
直観とは、直感とは少し違い、「物事の本質を見極め、今何が最善か?」を見出す意味でのひらめきのことを言います。
別の表現を用いますと、「確信」という言葉に近いです。
私達の心には、頭で考え答えを出そうとする「思考モード」と、この「直観モード」の二つの階層があります。
直観モードは、真本音の発揮度合いが高まれば高まるほど発動しやすくなります。
なぜなら直観モードとは、「真本音の発想」そのものだからです。

真本音発揮度合い60%以上、つまりパワーレベル600以上となりますと、この直観モードが飛躍的に高まります。
ですから、これを「直観の境界」と呼んでいます。

私の企業研修をいつもコーディネイトしていたリスペクトのスタッフの一人が、ある時私の研修を後ろで見ている最中に、この「直観の境界」に近づきました。
研修が終わってから、彼が「面白いように発想が浮かんだので聴いてください」と言うので、二人で喫茶店に行って、彼の話を聴きました。
それまで彼は、今後、自分が社会の中でどのような役割で何をしていけばよいのか?をずっと悩み続けていました。
そして発想が浮かぶ度に、その発想を私に教えてくれたのですが、それは断片的なもので、彼自身がまだ納得し切れていないようでした。
ところが、この時の彼の話を聴いて、びっくりしました。
これまで断片的だと思われた彼の発想が見事につながり、「あぁ、そういうことか」という、まるでこれまでのすべての「答え」が見つかったかのような話だったのです。
そして、それ以上にそれを話す彼の説得力が尋常ではありませんでした。
話の内容をこちらが理解するとかしないとかの次元ではなく、彼のすべての話がスーッと私の心に沁み渡りました。
その時彼は、600の境界にいたのです。

シンクロニシティ(共時性)というものがあります。
ご存知の方はよくご存知だと思います。
これは、「意味のある偶然の一致」ということですが(例えば、「何かの答えを知りたい」と思っていたときに、偶然その時に出会った人が、自分の知りたかった答えを教えてくれた、等々)、要するに「物事はすべては必然である」ということを実感できる場面に、私達は人生の中で幾度となく出会います。
シンクロニシティという視点を持つだけで、私達のシンクロニシティ体験は増えます。
そして真本音発揮度合い(パワーレベル)が200、300、400・・・と高まれば高まるほど、やはりその体験は増加します。
ところがその増加率は500を超えることで急増し、さらに600で圧倒的なものとなります。
シンクロニシティという言葉を使うこと自体に不自然さを感じるくらいに、日々、必然的なことが起こるようになります。
いや、すべては必然的に自分自身が起こしていることに気づきます。
そしてその自分自身の行動そのものも、すべてその必然の流れの只中にあることも。
それは理屈ではなく、当たり前の感覚として自分の中に存在するようになります。
つまりそれが直観モードそのものであり、直観モードを引き起こすものでもあります。

パワーレベルが最低値も600を超えることで、基本的には「人生の迷い」というものはなくなります。
いや、これも実は表現は難しいのですが、「人生の迷い」は当然あるのですが、それはただ「迷っているだけ」という状態です。
迷っていることも必然。そしてその後、きちんと道ができることも必然。
すべてを「必然」として、見つめることができるようになります。

さて、さきほどのリスペクトのスタッフですが、彼の発想を聴いたのが今年の2月くらいだったでしょうか。
そしてこの11月1日に、彼は独立をしました。
彼自身の人生の道を創り上げるために。
彼自身の翼を広げながら。

つづく

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