こんにちは、竹内です。

コーチングというお仕事をさせていただいております。
私はとてもマイペースでのんびりしていますので、カタツムリのようだと言われます。
「コーチ・エスカルゴ」などとも呼ばれています。
ブログというのも、実は初めて書きますので、何を書けばよいのか・・・。
考えていてもわからないので、とりあえず、書き始めることにしました。
あとはのんびり、自然な流れに乗りながら、だんだんとコンセプトを固めていきたいと思います。

2011年03月23日

意識の次元と自由8 〜情報と向き合う

地震や原発に関する情報が飛び交っています。
テレビなどからの情報だけでなく、ネット上でも、メールでも様々な情報が入ってきます。
全く同じ事象に関しても、一方では「安全です」と言い、もう一方では「大変危険です」と言う。
何をどのように信じればよいのか、迷います。
これは、地震や原発に限ったことではありません。
今は情報過多の時代。
よく言われることですが、どの情報を取捨選択するか、が非常に重要です。

最近の私は、その情報の次元とパワーレベルを測るようにしています。
すると、結構面白いです。
情報の発信者が、どの次元から言葉を発しているのかがわかると、その情報そのものの本質も、ある程度は観えて来ます。

非常に論理的で説得力のある情報でも、それ自体がパワーレベル125というものも多いです。
125とは「我欲」を表し、次元で言えば4次元となります。
そういった情報は、「まぁそういう見方もあるよね」くらいに留めておいた方がよいでしょう。

パワーレベル540という情報も多いです。
これは、「いくつかある情報の一つとして、大切に心に留めておこう」というレベルの情報です。
次元で言えば、5次元が多いです。
発信者は嘘をついているわけでも、建前でもありません。
本気で言われていますし、とても参考になるものも多いです。
ですが、その人の「解釈」が入っていますので、すべてを鵜呑みにするよりも、あくまで一つの視点として捉え、さらに他の視点からの情報も得るとよいと思います。

そして、パワーレベル800という情報も多いです。
次元で言えば、6次元です。
前回、書かせていただきましたが、6次元とは「本物の次元」です。
このレベルの情報は真実性が高いので、まず信じてよいと思います。

複雑なのは、同じ人からの情報であっても、その中には以上の3つの次元が入り混じっていることが多い、ということです。

今の社会、情報は絶対的に必要です。
しかし、情報があるからこそ、こちらの目が曇ってしまうこともありますね。

こちらの目を、いつも透明にしておくためには、私達自身の意識の次元を高めることが重要です。
意識の次元が高まれば高まるほど、私達は「何が本当で、何が本当ではないか」を見極めやすくなります。
淀みのない心を持てば、「現実」が観えてくるのです。

「現実」が観えない中での「自由」は、あり得ません。
「現実」をありのままに観、ありのままに向き合うことで、私達の心は「自由」への道を見極めることができるのです。

つづく



2011年03月22日

意識の次元と自由7 〜次元の全体像

ではここで、意識の次元について全体像をご説明しましょう。

私達の心の中は、4次元から9次元まで次元の階層があります。
かなり大雑把な表現を使えば、4・5次元を反応本音、6次元以上を真本音、と言うことができます。
ただしこれは、あくまでも短絡的な表現です。

それぞれの次元には、以下のように別名があります。
4次元を「我欲の次元」と言います。
5次元を「試行の次元」と言います。
6次元を「本物の次元」と言います。
7次元を「統合の次元」と言います。
8次元を「融合の次元」と言います。
そして9次元を「完成の次元」と言います。
それぞれの名称が、その次元の本質を表しています。

次元を一つ上に上がる、というのは非常に大きなことであり、それは魂レベルの成長と言えます。
しかしこれまでも述べさせていただきましたが、「一つ上に上がる」とは、本質的には「一つ上の次元の自分を思い出す」ことに他なりません。
もともとすべての次元の自分が、私達の中には存在しています。

さらに、次元を一つ上に上がる際に、特に大きな段差が二つあります。
一つ目は、5次元から6次元に上がる段差です。
二つ目は、7次元から8次元に上がる段差です。
つまり、4・5次元と6・7次元と8・9次元がそれぞれペアであると捉えていただくとよいでしょう。
4次元の人は自然に地続きで5次元まで行き、6次元の人は自然に地続きで7次元まで行き、8次元の人は自然に地続きで9次元まで行くことができます。
しかし、5から6次元、7から8次元に行くには、大きな段差を越える必要があるということです。

意識の次元とパワーレベルの数値との関連ですが、
生まれたときから天然(天性)で当たり前のように真本音で生きている人の場合は、パワーレベル700の辺りで7次元となります。
(しかしパワーレベル500台の方でも、7次元の人はいます。)
私のように、天然ではなく、研修やコーチングなどを通じてパワーレベルを一気に上げた人の場合は、パワーレベルが1000に到達した辺りで7次元になるパターンが多いようです。

連載シリーズ2『源と真本音』でも書かせていただきましたが、
*パワーレベルとは、真本音との結びつき度合い
*次元とは、源(ソース)との結びつき度合い
を表しています。
(源と真本音の違いにつきましては、同じく連載シリーズ2をお読みください。)
この人生の中で一気にパワーレベルを上げた人は、まずは真本音とのつながり度合いを高めた上で、源(ソース)とのつながりを高めていく、というパターンが多いわけです。

さて、今回は全体像のみを書かせていただきました。
この時点では、何がなんやら意味がわからないと思います。
この全体像に基づいて、徐々にですが、「意識の次元と自由」について紐解いていきたいと思います。

つづく

2011年03月21日

意識の次元と自由6 〜3次元と向き合う

人の心というのは、非常に奥が深いです。
自分の心を知れば知るほど、さらにその奥の存在を知ります。
それはまるで宇宙のよう。
そうです。
人の心と宇宙の大きさは、イコールではないかと私は考えています。

心の奥へ奥へと進むに連れて、本当の自分が顔を覗かせます。
そして奥へ奥へと進むに連れて、より高い次元の自分と出会います。
ではどうすれば、奥へ奥へと進むことができるでしょうか?

その最も効果的なやり方は、「3次元と向き合う」ということです。
心の奥を知るために、心の奥の方ばかりに意識を向けても、実は本当の奥の自分は観えて来ません。
もし見えたとしてもそれは、「奥の自分であると思い込んでいる自分」にしか過ぎません。
「奥の自分」を無意識に自分自身の思い込みで創り上げているのですね。
それでは、本当の自己理解にはなりません。

奥の自分を理解するために最も大切なのは、3次元の現実と向き合うこと。
ありのままに向き合うことです。
なぜなら高次元の自分は(ここは、「真本音は」と表現してもよいです)、「今ここにある現実を、ありのままに受け止める」ことを望んでいるからです。
逆に言えば、「現実逃避」という行為を、高次元の自分は最も嫌います。

何かつらいことがあると、私達はそのつらさから逃れるために、どうしても「現実」から目を背けてしまいます。
しかしその結果、高次元の自分は引っ込んでしまいます。
そんな自分にあきれるのです。
そして逃げていることは自分自身が一番よくわかっていますから、心の中に「なに現実逃避してるんだよ!」という自分を責める気持ちが生まれます。
自分を責める気持ちのことを「罪悪感」と言います。
罪悪感とは、私達自身の心を最も苦しめるものです。
楽になりたくて現実逃避をすることで、逆に自分をより苦しめてしまうのです。

今回の東日本大震災では、被災された方々の、必死に現実と向き合っている姿が、たくさんテレビに映し出されました。
その姿は、海外の人達にも大きな感動を呼んでいるようです。
3次元の現実と向き合う、という行為はどれだけ尊いことか。
それをまた一番よくわかっているのも、私達自身です。
それをすることで、私達の心の中にいる奥の自分(高次元の自分)は喜んで顔を出そうとします。
こちらが「奥へ奥へ」と行かずとも、向こうから浮上してきてくれるのです。
そして自分でも知らなかった高次元の自分と出会うことで、私達自身が大きな喜びと感動を覚えます。
それは、心の感動というよりも、魂の感動と言えるものです。

そして、魂の感動を得ることができればできるほど、私達の心は自由になるのです。

つづく

2011年03月20日

意識の次元と自由5 〜本当に望む現実

4次元以上の世界(心の中の世界)での現実と、3次元の世界の現実のギャップが、私達に影響を与えます。
3次元とは、4次元以上の世界で起きている現実の反映です。
しかし、4次元以上で起きていることのすべてが3次元に現れるわけではありません。
4次元以上で起きていることのうち、その時点で最も強いものが私達の行動として現れ、それが3次元に影響を与え、3次元の現実を創っていきます。

例えば、AさんとBさんがいたとします。
AさんとBさんはちょっと険悪な状況にあったとします。
しかしAさんはBさんと「仲直りしたい」と思っていたとします。
仲直りしたいという気持ちは、4次元以上における一つの現実です。
しかし実際にBさんの顔を見ると、その瞬間にAさんはついつい文句を言ってしまったとします。
それはその瞬間にAさんの中にBさんに「文句を言いたい」という強い気持ちが起こり、それが3次元での現実化に至ったわけです。
では、「仲直りしたい」という気持ちはなくなったのでしょうか?
いえ、それはきちんとAさんの中に在り続けています。
しかしその瞬間は、「仲直りしたい」という気持ちよりも「文句を言いたい」という気持ちの方が勝ってしまったわけです。

つまり、「仲直りしたい」という現実と、「文句を言いたい」という現実、二つの現実がせめぎ合い、そのうちの一つが3次元世界で現実化したということです。
このように、私達は4次元以上における様々な現実の中で、一つを選び、3次元世界において現実化しています。
もしここで、4次元以上の自分を自分自身がコントロールすることができれば、3次元においても、私達は比較的望む現実を創りやすいです。
しかし、コントロールができていなければ、残念ながら、望まない現実を創り出してしまうこともあります。

ここで次に問題になってくるのは、「では自分は、4次元以上では、本当は何を一番望んでいるのか?」ということです。
実は、4次元以上の世界での力関係には、非常にシンプルな原理があります。
それは、4次元よりも5次元、5次元よりも6次元、6次元よりも7次元、7次元よりも8次元、そして8次元よりも9次元の方が強い、・・・という事実です。
なぜなら、高次元にいけばいくほど、それは「本当に望んでいること」に近づくからです。
ですから私達の本当の本当の本音は、9次元にあります。

ちなみに、これは一概には言えないことですが、あくまでも一つの目安として短絡的な表現をしますと、・・・
「真本音」とは、6次元以上の心のことを言います。
「反応本音」とは、4次元と5次元の心のことを言います。
ただしこれは厳密ではありません。
なぜなら、真本音があえて4次元の気持ちを生み出すこともあるからです。

さて、では私達は9次元の自分の気持ちに従って生きればよい、ということになりますが、実はそれがそうもいかないのです。
2011年3月19日現在、6次元以上の自分の心を基本としながら生きている人の割合は、日本人で言えば25%しかしません。
つまり4分の3の人達は、6次元以上の自分の心の存在に「気づいていません」。
以前にも書きましたが、本当は存在しているのにも関わらず、気づいていないのです。
そして、4次元・5次元の自分が「自分のすべてである」と思い込みながら生きています。
さきほど申し上げた通り、4次元・5次元とは、基本的には反応本音ですから、4分の3の人達は、自らの反応本音を基本としながら生きているということになります。
この連載の第3回で書かせていただいた「反応のサイクル」を創り出している状態です。

「意識の次元を高める」とは、「より高い次元の自分の存在を認識する」ことであり、「より高い次元の自分を思い出す」ことです。
思い出すことができればできるほど、私達は「本当に望む現実」をまずは心の中で創り出すことができ、それを3次元世界に反映させることができるのです。
つまりそれが、「本当に望む人生を創る」ということに他なりません。

つづく

2011年03月19日

意識の次元と自由4 〜3次元について

私達が存在しているこの3次元世界。
この世界の「進み方」はゆっくりです。

4次元以上の世界、・・・つまり、心の中の世界では、思ったことが一瞬にして実現します。
例えば、「宇宙旅行に行こう」と思えば、すぐにそのイメージをすることができます。
自分が望むことも、望まないことも、それを思い抱いた瞬間に、それはすぐに実現します。
それはとても楽な世界でありますが、逆に言えば、怖い世界でもあります。

私達は、自分の心のすべてをコントロールできているわけではありません。
特に、反応本音のコントロールは、一般的にはとても難しいものです。
ですから、自分が望まないどころか、自分が最も恐れていること、避けたいことなどを思い抱き、その結果として瞬時にそれが心の中で実現してしまいます。

「意識の次元が高まる」とは、「自分の本当に望むことが心の中で実現する度合いが高まる」ということです。
つまり、意識の次元が低ければ低いほど、心のコントロールはできていないことになります。
意識の次元が高まることで、私達が自由を手に入れることができる、というのは、そういうことです。

以上のように、4次元以上の世界(心の中の世界)は、ある意味制御不能の世界でもあります。
しかし、3次元世界は違います。
思い抱いたことがすぐに実現することは、ほとんどありません。
実現するかどうか自体もわかりません。
3次元世界では、私達が心の中で実現したもののうち、最も強いものが表出します。
しかも、それは「ゆっくり」です。
つまりは時間差があるということです。
すべてがスローモーションなので、一つのことを実現しようと動いている途中で、それを止め、別の行動に移すことも可能です。
スローモーションであるが故に、制御が効きやすいのです。

もし、この3次元世界がなければ、私達の「心の成長」は非常に難しいものとなるでしょう。
なぜなら、思い抱いた瞬間にすべてが実現してしまうと、その思い抱き方のパターン(それは意識の次元の高低によって左右されます)から抜け出ることは、基本的には不可能だからです。
スローモーションの世界があるからこそ、私達は「自分を変える」(=自分の心のパターンを変える)ことができるのです。
スローモーションの世界があるからこそ、私達は「自分の意識の次元を高める」ことができるのです。

しかし逆に言えば、3次元世界では本当に望んでいることも実現するまでに時間がかかったり、途中で何らかの原因でそれが頓挫することもあるわけです。

それが私達の住む3次元世界です。

つづく

2011年03月18日

意識の次元と自由3 〜今、ここから2年

ほんの一週間前の私達には想像すらできない状況となりました。
この震災で人生を終えられた方々、思いもよらぬ苦難に見舞われている方々、そしてこの厳しい現実に立ち向かわれている方々。・・・
多くの方々の“命”を感じる一週間でした。

“命”。
私達は、これをもってこの現実世界(3次元世界)に生まれて来ました。
3次元レベルでの“命”を失うことで、この世界での存在はなくなってしまいます。
この世界に存在しているうちに、自分は何をすればよいのか。
その答えを、すべての人は、真本音の中に持っています。
それに気づけた人は、人生の長短に関わらず、幸せです。
それに気づけた人は、人生の長短に関わらず、自由です。

命は自ら断つこともできます。
しかし、自らの意図によらずに、断たれることの方が圧倒的に多いです。
自分の人生がいつ、どのような形で終わるのかを知っている人はいません。
いつ終わるかわからない人生の中で、私達は今、ここで生きています。

意識の次元を考えるとき、どうしても今私達がここにいる3次元世界のことを、避けて通ることはできません。
この3次元世界の意味とは何か。
なぜ、この3次元世界は存在しているのか。
そしてなぜ、こんなにも理不尽なのか。
これらの問いに答えずして、先に進むことはできません。

私達の心には、反応本音があります。
私はいつもコーチングや研修を通じて、反応本音とどのように向き合えば、自らの反応本音を自らコントロールすることができるかをお伝えしています。
しかしそうは言っても、コントロールしづらいのが反応本音です。
コントロールしづらくできているのが反応本音です。
そしてその反応本音とは、この3次元世界だからこそ生まれるものです。
真本音が、3次元の現実と関わる中で生まれたものが反応本音です。
現実と向き合う、とは、自らの反応本音と向き合う、ことに他なりません。

現実との関わりによって反応本音が生まれ、その反応本音によって現実に働きかけ、そして現実からまた反応が返ってくる。
それによりまた反応本音が生まれ、・・・。
このサイクルが、私達の3次元世界での人生を創っています。
それは「反応が反応を生む」サイクルです。
実はこのサイクルに囚われてしまうと、私達は永遠にそこから抜け出せなくなってしまいます。

この震災という、言葉にならないくらいの厳しい現実。
この現実に、「単なる反応として」反応を返してしまうことで、その後にさらに大きな「反応のサイクル」が生まれてしまいます。
今こそ、私達日本人は、「真のサイクル」を生み出さねばなりません。
今だからこそ、です。
「真のサイクル」とは何か?
それは、私達が真本音に基づいて生み出すサイクルであり、私達が本当に望むサイクルであり、「最善の道を拓くサイクル」です。

今、ここから2年。
この2年間の私達の行動で、すべてが決まります。
「真のサイクル」を、私達は創ろうではありませんか!

つづく

2011年03月10日

意識の次元と自由2

私達のいるこの世界は3次元世界です。
これは一般的に、私達が「現実」と呼んでいる世界です。
そして、心の中の世界が4次元以上の世界です。
心の中の世界は、4次元から9次元まであります。
(本当はもっとあります。)
私達が「人間」という個体として到達できる最高点は9次元です。

今私は「到達できる」と書きましたが、実は正確な表現ではありません。
もともと私達誰しもの心には、4次元から9次元まですべてが存在しています。
ただ、その存在を認識しているか、いないか、だけです。
残念ながら多くの方々は、特に7次元以上の自分を認識していません。

もう一つ。
さきほど、「心の中の世界は、4次元から9次元です」と書きました。
「心の中の世界」と表現しますと、それはその人独自の世界であり、その人固有の限られた狭い世界をイメージするかもしれませんが、それもそうではありません。
実は、3次元世界こそが限られた狭い世界、・・・とさえ言うことができます。
しかも高次元では、源(ソース)とつながっています。
ということは、すべての人達同士がつながっています。
(詳しくは、連載シリーズ2『源と真本音』をご覧ください。)
それは、無限に広がる世界です。

3次元世界とは、その「無限に広がる」4次元以上の世界の反映でしかありません。
4次元以上の世界で起きていることが、そのまま3次元世界に反映されます。
つまり3次元世界で起こるすべての体験・経験は、私達自身が4次元以上の世界で既に創り出しているものだということです。
それが、時間差で投影されているに過ぎません。
よく喩えられることですが、映画で言えば、4次元以上の世界は映写機の中のフィルムです。
3次元世界は、スクリーンに映し出された映像である、と表現できます。
そして映写機本体が、私達自身ですね。
私達は、自らが心の中で起こしていることの通りに、3次元における人生を創り上げています。

ですから、次のようにも言えます。
「現実」とは3次元だけではない。
4次元の現実、5次元の現実、6次元の現実、7次元の現実、8次元の現実、そして9次元の現実。
・・・すべての次元に「現実」が存在している、と。
4次元以上の世界で、自分がどのような現実を創り出しているかを認識することができれば、人生の捉え方も、人生そのものも根本的に変化します。
本当に望む人生を送るためには、4次元以上の自分と向き合う必要があります。
そして、4次元以上の「すべての自分」と向き合うことができるようになれば、私達は、「完全なる自由」を手に入れることができるのです。

つづく

2011年03月09日

意識の次元と自由1

今回から「意識の次元」について書かせていただきます。
このテーマの始まりとして、9年前の私の文章を載せることにします。
SCC創設当時に書いたものです。
だいぶ前に、すでにこのブログでご紹介した文章ですが、あえてもう一度。
・・・・・

自生由遊 (じきゆうゆう)

人生の酸いも甘いも経験された、ある偉い方が次のようにおっしゃっているのを聴いたことがあります。
「人生、遊びのごとし。」
なんという凄い言葉だろうと思いました。
言うまでもないことですが、人生にはいろいろなことがあります。自分一人の力では耐えられず、立っていられなくなることも無限にあります。その方もそういった経験をいやといほどされてきて、でも最後にそう言われたのです。
格好いいですね。この言葉にはとてつもない「人間味」を感じます。
人間の強さも弱さも感じます。
人間の清さも汚さも感じます。
人間の潔さと中途半端さも感じます。
人間だなぁ、人間を極められてるなぁ、と感嘆しました。

「人生、遊びのごとし」と言えるくらい、私は私自身の人生を愛したいものです。そしてすべての人が「なんだかんだあるけども、これは私の愛する人生だ」と言えたらすばらしいなと思います。
ところが今の社会を見渡してみますと、なかなかそうは言えません。自分の人生なのに他人の人生のように生きている人、まわりや環境のせいにしながら、まわりのための自己犠牲的な人生を生きている人。そんな方が多いように感じます。かく言う私自身も実はそうでした。
「毎日がつらい」「人生が苦しい」と言いながら、実は自分で自分の首をしめている。「やる気が出ない」「無気力だ」と言いながら、実は自分で自分のエネルギーを奪っている。そういう人も多いですね。
人はもっと楽しく生きられるのではないでしょうか。人はもっと充実した生き方ができるのではないでしょうか。
なぜなら多くの場合、自分自身の今の状況・状態をつくっているのは、他でもない自分自身なのですから。

唐突ですが、私の好きなチンギス・ハーンのお話を少ししましょう。
彼が生きていたのはちょうど今から800年前です。ご存知の通り彼はモンゴルの方ですが、中国からヨーロッパに至るまでのユーラシア大陸のほとんどを彼一代で統一するというとてつもないことを成し遂げました。世界史上でも最大の国家を創り上げたのです。
そんな彼の統一のスタートはたった7人の家族からでした。7人から始まって何度も何度も挫折を繰り返しながら、しかし最後には大帝国を創り上げます。
当時のモンゴルは今の社会に匹敵するくらいの最悪の状況でした。数百に及ぶ部族が割拠し、家族と言えども人は人を信用せず、策略と謀略を繰り返しながら、いつ絶えるとも言えない戦争状態が続いていました。勝った部族は負けた部族を皆殺しにしていました。なぜなら恨みは次の戦争を呼び起こすからです。
そんな中でチンギスハーンは皆が安全に暮らすことのできる世の中にするためにモンゴルの統一を志します。
では、なぜ彼だけが大きくなっていくことができたのでしょうか。

実は彼は「自由」で人を統治したのです。
彼は戦争で自分が打ち負かした相手の部族を皆殺しにはしませんでした。なんと相手部族の一人ひとりと面接をしたのです。そして自分自身に対する絶対的な忠誠さえ誓ってくれれば「あとは自由でいい」と言ったのです。つまりその部族でずっと続いてきた慣習や宗教など、そのまま残せばよいと。絶対の忠誠さえすれば、力を発揮する者であれば自軍の大将にすることさえしました。この画期的な考え方とやり方により、彼は急激に勢力を広げていくことになったのです。
人は誰もが「自由」を手に入れることを望んでいます。
「自由」に生きれたらどんなによいでしょう。
でもいったい「自由」とはなんでしょうか。
チンギス・ハーンの時代での自由とは「束縛から解放されること」でした。今の社会も実は似たようなものかもしれません。しかし解放されることだけが自由なのでしょうか。
日本の社会は自由かどうか、というテーマがあったとしたら、様々な観点からいろんな意見が出てくるでしょう。ある面から見れば自由であるし、またある面から見れば不自由でしょう。
では、人はどうでしょうか。我々は皆、自由に生きているでしょうか。これもまた様々な意見があるでしょう。
つまり今の世の中は「自由」が複雑化しています。
でも、人は「自由」を求めています。

全くまわりから束縛されない状況の中でも自由に生きていない人はいます。
逆に、すごく束縛されていると思える環境下でも、本人は自由に生きていて満足している人もいます。
もう一度、問います。「自由とは、なんでしょうか。」「自由に生きるとはどういうことでしょうか。」「人はどんな自由を手に入れたら、本当に幸せになれるのでしょうか。」
実はこれが、今の私が事業をさせていただいている最大のテーマです。

私は思うのです。人はもっと自由になれるはずだ。もっと自分自身を開放させ、自分らしく、自分の魅力を発揮しながら生きることができるはずだ。そう思うのです。
自由になるとは、今の環境を捨てるということではないと思います。企業で言うならば「自由になるために私はこの会社を辞める」という短絡的なものではないと思います。自由とは責任の伴うものでありますし、まわりの環境を大切にできない人に、本当の自由は生まれないとも思います。
自由とは自分の人生に対して責任を果たすことのような気がします。
自由とは自分の人生を引き受けることのような気がします。
自由とは自分の生き方を大切にすることのような気がします。
自由とは・・・・
私はこういったテーマを持ち、「人の育成」や「人のサポート」をしていきます。

「自生由遊」とは「人生、遊びのごとし」と言えるくらいに自分の人生を愛し、そして自分の人生と向き合い、本当の意味で自由な人生を送る、そんな方が世の中に溢れていったらよいな、という私の願いなのです。

以上

・・・・・
なぜこの文章を載せたかと言いますと、この9年前の私の問い「自由とは何か?」に、意識の次元という視点から答えてみたいと考えたからです。
今の私の答え、です。
意識の次元を高める、ということは、イコール「自由に生きる度合いを高める」ということに他ならないからです。

つづく
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